アイゼンヴァルト伯爵家
王都から馬車を走らせ、僅か半日程で着く王都に最も近い街。行商人も町民も多く、夕方になっても大通りの賑わいは衰えない。そんな活気のある街を治めるのは、公爵家の直臣であるアイゼンヴァルト伯爵家だ。
「ようこそお越しくださいました。公爵閣下」
「出迎えご苦労。変わりはないか?」
「ええ。充実した日々を送らせていただいております」
アイゼンヴァルトは軍の『血液』こと経理を担う家門だ。そのため時間にも礼儀にも厳格であり、規律を乱すことは許さない。
現に当主であるアイゼンヴァルト伯爵は門前に立っており、公爵家一行を迎え入れた。
その出で立ちは伯爵家当主としても、軍門の一員としても威厳が漂っている。
白髪交じりのグレーの髪に、同じ色の整えられた髭にも気品が漂っている。
グレーに青を混ぜたような瞳は力強く、もうすぐ五十を迎えようとしている肉体は鍛えられている。背筋も曲がるどころか針金を入れたようにピンと張っており、臓腑を震わせるような声は低く、戦地にいても彼の声は端から端まで届きそうだと感じさせた。
そんな彼は真っ先に公爵に挨拶をし、次にセラフィアへと視線を向ける。
「公爵夫人も、変わりなく」
「ええ。お前もね」
大人同士の軽い挨拶を終え、次に伯爵は子供達へと視線を向ける。
「皆様におかれましても、変わりなく」
「はい。お久しぶりです、アイゼンヴァルト伯爵」
「出迎え感謝します」
「ごきげんよう、アイゼンヴァルト伯爵」
エルディオン、イリアス、ヴィエラの順で挨拶をする。そして最後に、伯爵はヴィエラの一歩後ろに立っていたロアンに視線を向けた。
「失礼ですが、こちらの子供は?」
「ヴィエラの友人だ。ロアン、挨拶を」
「はい! お初にお目にかかります。ストーンリッジ家の次男、ロアン・ノア・ストーンリッジです。よろしくお願いします」
伯爵家でまともな教育を受けていなかったロアンだったが、今では随分とぎこちなさも改善された。
何せヴィエラを心配して様子を見に来ていたエルディオンやイリアスが自主的に教え始めたからだ。
元より二人は『兄』であり、ヴィエラに比べてあどけなく、素直なロアンを厭うことは出来なかった。それにロアンも教えられたら素直に覚える。それこそスポンジのような吸収力なのだ。二人が面白がってマナーや知識を与えるのも無理はなかった。
伯爵も及第点には届く挨拶に軽く頷いた後、全員を邸宅内へと誘う。
そこには次期伯爵であるアイゼンヴァルト伯爵の息子家族が立っており、公爵家が足を踏み入れると同時に礼をする。
「ようこそお越しくださいました、閣下」
「フッ。お前のそんな姿を見るのはいつ振りかな」
「おやめください。父上がいるんですよ。叱られるのは僕なんですから、ちゃんと対応してくださいよ」
本来ならば悠然と受け答えをする公爵が、珍しく口角を上げて気安い言葉をかけてくる。それに対し次期伯爵──アイゼンヴァルト伯爵の息子である『オットー・アロイス・アイゼンヴァルト』は渋面を作りながら小声で釘を刺した。
オットーはアルノアが幼い時から共に過ごしている。所謂『幼馴染』というやつだ。公爵家で共に学び、訓練をしてきたからこそ気安い間柄になれたとも言える。
それでも今は厳格な父親の前だ。必死に取り繕うオットーに、アルノアも「分かった」と頷いた。
「出迎え感謝する。君たちも息災で何よりだ」
「ありがとうございます。公爵閣下」
頭を下げたのはオットーの妻である『フレア』と、娘の『フラン』、息子の『グランツ』だ。
フランはエルディオンの一つ下の十歳で、グランツはイリアスの二つ下の八歳だ。二人ともヴィエラより年上ではあるが、ヴィエラのことを主君の一人として慕っていた。
「それでは私たちは仕事の話をする。子供たちは好きに過ごしなさい」
「エルディオンとイリアスも、おチビちゃんたちが怪我をしないよう見てあげて頂戴」
「かしこまりました、母上」
「お任せください。母上」
「ヴィエラとロアンも、はしゃぎすぎて転ぶんじゃないわよ」
母であるセラフィアに揶揄われ、ヴィエラはムッとした顔で「失礼だわ」と文句を言い、ロアンは「気をつけます」と頭を下げた。
一方で子供たちの『お守り』を任された年長のエルディオンと、やんちゃではあるが存外しっかり者のイリアスは「さて」とちびっ子たちを見回す。
「フランとグランツに会うのも久しぶりだからね。今日は何をして遊ぼうか」
「私はお兄さまたちとお人形あそびがしたいわ! かわいいお人形がいっぱいあるのよ!」
「やだよ! そんなのしたくない! イリアス兄さま! ぼくとケイコしよう! ぼくはキシになるんだ!」
「分かった、分かった。分かったから落ち着け」
グランツにグイグイ来られ、イリアスが若干後ろにのけ反りながら制する。エルディオンも苦笑いする中、ヴィエラはロアンにこっそりと話しかけた。
「つまらなかったら庭の散策でもしましょう。だからお前も、すこしの間、あの子たちに付き合うのよ」
「わかりました、ヴィエラ様」
遊びの内容はどうでもいいのか、ヴィエラは興味なさそうに告げる。だがロアンは常に元気いっぱいなので、やる気に満ちた顔で頷いた。
こうして公爵家の旅は順調に始まった。
領地編では色んな人と出会うことで学んでいく5歳児達を丁寧に書きたいと思っています。
長くなりますが、お付き合いいただけると嬉しいです。




