直臣家門
王都から公爵領への帰路を辿る中、一行もただ馬車に揺られるわけではない。
「ヴィエラ様、ここはどこですか?」
「グラディアス公爵家の直臣、アイゼンヴァルト伯爵家の領地だよ」
ヴィエラの代わりに答えたのは、同じ馬車に乗っていた公爵家の長男、エルディオンだ。ヴィエラはそんな兄を「わたくしが聞かれたのに」という顔で睨んだが、苦笑いで受け流した。
「アイゼンヴァルト伯爵家……お父様が一度話していたことがあります。内容は……あんまり覚えてないけど……」
「あー、ロアンの父上を悪く言いたくはないが、ストーンリッジ伯爵だもんなぁ。肩を並べたと思って話しかけて返り討ちにでもされたんじゃないか? アイゼンヴァルト伯爵は堅物だからなぁ」
ぼんやりとした記憶を辿るように呟いたロアンに返したのは、同じく同乗していた公爵家の次男、イリアスだ。
可愛い妹と、幾ら幼いとはいえ男であるロアンを二人きりにすることは出来ない。そのため公爵夫妻と子供たちは別々の馬車に乗って移動していた。
そうとは知らずロアンはニコニコと見知らぬ町を楽しんでいたが、ヴィエラは少々不機嫌だ。
何せロアンとの会話に兄たちが首を突っ込んでくるからだ。楽しみを邪魔されたヴィエラが不機嫌になるのは当然のことだった。
それでも普通の五歳児のように駄々を捏ねたりはしない。
ヴィエラは矜持が高いのだ。どんなに腹が立っても愚かな振る舞いは許せない。
それに、直臣や派閥の家門について詳しいのは兄たちだ。ヴィエラも知らないわけではないが、やはり領地経営を学んでいないため知識量では敵わない。そのため仕方なく口を噤んでいた。
「アイゼンヴァルト伯爵はどんな人なんですか?」
「うん。アイゼンヴァルト伯爵家はね、軍家門の中で最も重要な役割を担っている。それは何だと思う?」
「重要な役割……。軍だから、兵士の管理、ですか?」
エルディオンに質問で返され、ロアンは暫し考えた後に答えを口にする。だがエルディオンは「それも大事だけど、違うよ」と優しく否定した。
「正解は“軍資金”を取り扱っているんだ。本当の意味で軍の“命”を握る家門なんだよ」
「要するに、アイゼンヴァルト伯爵を怒らせると兵士に必要な装備はもちろん、食事も満足に調達できなくなるってことだ」
「わ、わあ……。すごい人なんですね……」
軍と言うのは動かすのは勿論のこと、維持するだけでも金がかかる。その金を誰が取り扱うかによって軍の士気や強さにも影響が出る。そう言う意味では『堅物』と呼ばれるアイゼンヴァルト伯爵は適任だった。
「何代か前の話しになるけど、アイゼンヴァルト伯爵家は元々西部の家門だったんだ。だけど西部は実りが悪い土地でね。伯爵家が困窮していた時にグラディアス家が西部の領地を返還するように命令して、代わりにこの地を領地として与えたんだ」
「ま、西部もここもうちの領地の一部だからな。うちに痛手はなかったわけだ」
「そうだったんですか! 公爵領って広いんですね!」
ロアンは素直に目を輝かせ、公爵家のすごさを称える。そんな可愛い弟分に二人も満足気に表情を緩ませた。
「分かりやすく言うと、アイゼンヴァルト伯爵はうちに恩がある。それに元々節約が得意で、嘘や偽装を嫌う人たちでな。だから経理を任せるのにうってつけだった、ってわけだ」
軍資金を扱うということは、それだけ公爵家からの信頼も厚いということだ。現に今まで一度も不正を許したことはなく、誰よりも軍門らしい規律と厳しさを持っている。その愚直さと功績を称えて侯爵に昇爵することも出来たが、当主が固辞しているため未だに伯爵に留まっていた。
「アイゼンヴァルト伯爵は『昇爵すると権力と同時に誘惑も多くなる』と言って侯爵になるのをずっと断っているんだ」
「権力を拒むなんてすごい人だろ? だからこそ大事なポジションを任せられるんだけどな」
エルディオンとイリアスの説明に、ロアンだけでなくヴィエラも頷く。ヴィエラ自身全く知らない情報ではなかったが、やはり改めて確認し、認識を改めるのは大事なことだ。
何せ今からその家門に挨拶に向かうのだから。
「さ。それじゃあ僕たちも伯爵に挨拶をしに行こう」
「はい! がんばります!」
やる気満々なロアンに釣られ、イリアスも「行くかー」と腰を上げ、ヴィエラも「仕方ないわね」と憎まれ口を叩きながら馬車から降りた。




