領地へ
本格的に雨期が開け、王都に集っていた貴族は自治領へと帰って行く。グラディアス公爵家も違わず、タウンハウスの前には何台もの馬車が停まっていた。
「わあ~……! 馬車がいっぱい……!」
「ロアン。そろそろ出発するわよ。こっちへいらっしゃい」
「はい! ヴィエラ様!」
ヴィエラに呼ばれたロアンは、えっちらおっちらと体格に合わないトランクケースを持って歩く。
だがここは伯爵家ではない。すぐさま使用人がロアンに駆け寄り、鞄を受け取った。
「ロアン様、こちらは私共にお任せください」
「でも、ぼくの荷物ですよ?」
「構いませんよ」
年若い使用人はそう言って優しく微笑むと、ロアンから鞄を受け取る。その際に「よろしくお願いします」と頭を下げられ、苦笑いを浮かべた。
公爵家で働くすべての使用人は公爵家に忠誠を誓っている。
基本的にグラディアス家を支える家門から奉公に来た者が多いからだ。また長年仕えている家の息子や娘がそのままここで働いている。そのためヴィエラが唯一心を許しているロアンに対しても敬意を持って接するよう、執事長やメイド長から通達されていた。
また伯爵家の次男とはいえ、ロアンは大変素直で人懐っこい。目が合えばニコリと微笑み、仲良くなれば手を振ってくる。そんな幼子を嫌う人はいない。
加えて、気難しいヴィエラの様々な表情を引き出せる唯一の人物だ。
今までのヴィエラは賢いが故に聡く、使用人と家族の区切りをしっかりと分け、礼節を持っておしとやかに過ごしていた。
だがロアンと出会ってからは子供らしく笑うことも増え、『人形じみた美しい少女』ではなくなっていた。
むしろ好奇心旺盛なロアンに釣られて「調べてみましょう」とあちこちを駆け回るようになり、侍女たちも忙しなく動き回っている。
それでも誰もが以前のヴィエラよりも今のヴィエラの方が好きだと口にするだろう。それほどまでにロアンの存在は公爵家の使用人たちの中では大きくなっていた。
だが当の本人はそんなことに気付くわけがないので、今日も元気にヴィエラと手を繋いで歩いている。
「ヴィエラ様! 公爵領にいくの、楽しみですね!」
「お前にとってはそうでしょうね。でも、公爵領は厳しい土地が多いから、王都ほどきらびやかではないわよ?」
「王都はキラキラしてないですよ? キラキラしてるのはヴィエラ様です!」
「お、まえ……。フン! そうね。わたくし以上にキレイな子なんてそういないわ。ありがたく思いなさい」
「はい! ヴィエラ様!」
ブンブンと犬が尻尾を振るように、笑顔いっぱいのロアンにヴィエラは赤らんだ頬を隠すようにそっぽを向く。
五歳児同士の可愛すぎる会話に、使用人たちは心の中で感謝を捧げた。
そんな子供たちの様子を、公爵夫妻も遠くから眺めては笑みを浮かべている。
「ヴィエラは、随分と表情が豊かになったな」
「ええ。あのおチビちゃんのおかげでね。本当、あんなに変わるなんて思わなかったわ」
「心配か?」
「そうねえ……。ヴィエラはともかくとして、ロアンの方がね。ほら、あの子裏表なさすぎるから。他人の嘘を見抜けずうっかり信じて騙されるんじゃないかと思ってしまうのよ」
元王女であるセラフィアは、宮廷に訪れる様々な人間との日々を思い出し顔を顰める。だが公爵であるアルノアは、ヴィエラに頬をつねられているロアンを見て「案外大丈夫なんじゃないか?」と穏やかな声で答えた。
「あら、どうしてそう思うの?」
「見て分かる通り、あの子はヴィエラを好いている。『ヴィエラに面倒をかける』ことは避けようとするだろう」
「確かに、そういう考え方もあるわね」
だが言葉を巧みに操る人間は多い。セラフィアは笑みを消してロアンを見つめたが、すぐに肩を竦めた。
「まあ、あの子たちが大きくなるまでにどうにか教育しましょう。伯爵家が何もしていなかったことが結果的にいい方向に転がるんだから、世の中って不思議よね」
「ヴィエラはものすごく腹を立てていたがな」
「誰かに似て正義感が強いのよねえ。誰かに似て」
そう言ってセラフィアは夫であるアルノアを見つめてニヤリと笑う。だが当の本人は肩を竦めるだけで、特に反論はしなかった。
「そういえば、あの大量の箱は一体何なの? あなたが用意したんでしょう?」
「ああ。ヴィエラに頼まれてな。何でも各地で虫と植物を採取するらしい」
「……恋は盲目とはよく言ったものね……」
セラフィアは心底呆れた顔を見せたが、自分の幼少期に自由がなかったからこそ、子供達にはその時間を与えたかった。
結局「仕方ないわね」と受け入れたセラフィアは、準備が出来たと告げに来た使用人に手を振ってそれに応える。
「お前たち! 馬車に乗りなさい! 行くわよ!」
「さあ、ロアン。公爵領に向かうわよ。長旅になるけど、ちゃんとついて来なさいね」
「はい! がんばります!」
こうしてヴィエラとロアンは公爵領に向け、王都のタウンハウスから旅立った。




