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レディ・ヴィエラは揺るがない  作者:
幼少期-王都編-
15/33

『離れ離れ』は性に合わない


 ヴィエラの決心が天に届いたかのように、曇天が去った空の下を馬車が走る。とはいえまだ地面はぬかるんでおり、油断は出来ない。ヴィエラは御者に「安全が第一優先よ!」と念押ししてからストーンリッジ伯爵家に向かっていた。


 一方その頃、ロアンもようやく晴れた空を見上げながらぼんやりとしていた。


(やっと雨があがった……。でも、お庭に出る気になれないな。お洋服よごれちゃうし……)


 ヴィエラと出会う前の自分であれば、小雨だろうと気にせず外に出ていた。だが輝かしい彼女と出会い、時間を共にする中で『貴族として』の動き方や考え方を学んだ。

 ロアンは決して自身の好みを恥じているわけではないが、流石にぬかるんだ地面を掘り返す真似は、もう出来ない。


 それでも部屋に籠っているよりはマシか。と庭に出て花を眺めていると、ガラガラと音を立てて一台の馬車が近付いてくる。一瞬父親が帰ってきたのかと思い茂みに隠れたが、邸宅から出てきた執事が「グラディアス公爵家の家門……!」と声を上げたことで身を乗り出した。


「ヴィエラ様!」

「お坊ちゃま?! なぜここに……!」


 執事が驚いて後ずさったことすら気にせず、ロアンは駆け出す。そうして馬車のドアが開き、ずっと会えていなかった美しい少女が姿を現した瞬間、ロアンの心のモヤは綺麗サッパリ消え失せた。


「ヴィエラ様! 会いたかったです!」

「……ええ。わたくしもよ、ロアン」


 ヴィエラは一瞬泣きそうな顔をしたが、すぐに穏やかに微笑んでみせる。そうして御者の手を取り降りると同時に、ロアンに向かって手を伸ばした。


「お前、少し見ない間に少し背がのびたんじゃないの?」

「そうですか? ぼくにはわからないです」

「本当に自分のことには無頓着なんだから。お前は男の子だから、これからドンドン大きくなるのよ」

「えへへ。ヴィエラ様、くすぐったいです」


 手袋に包まれた手で、犬の頭を撫でるようにヴィエラはロアンを愛でる。そうして頬を軽くモチモチと揺らした後、満足したように笑みを深め、所在なさげに立っていた執事に向かって視線を向けた。


「前触れもなく急に訪れたこと、謝罪するわ。ロアンに話があるの。少しの間彼を連れて行くわ。いいわね?」

「かしこまりました! 奥様にお伝えいたします!」


 執事は直角に腰を折ってまでヴィエラに従う。ヴィエラは一瞬興覚めしたような顰め面をしたが、すぐにロアンの手を引き「こちらにいらっしゃい」と自身が乗ってきた馬車に促した。


「ヴィエラ様、どこかに行くの?」

「どこにも行かないわ。でもせっかくだから、適当に王都の町を走らせましょうか。ねえ、バレリー。適当に馬車を走らせてくれる?」

「かしこまりました、ヴィエラお嬢様。王都の大通りをぐるりと走らせましょう」

「ありがとう。お願いね」


 バレリーとは御者の名前だ。ヴィエラが生まれた時には既に公爵家で働いていた。そんな彼は何度もグラディアス公爵家とストーンリッジ伯爵家を行き来している。そのためロアンとも顔見知りになっており、笑顔で手を振るロアンに笑みを返した。


 その後、バレリーが馬車を走らせる中、ヴィエラは久方ぶりに会ったロアンと共に雨上がりの王都を眺めていた。


「わあ~! 雨がふってたから、お日様の光があたってキラキラして、キレイですね!」

「そうね。まぶしいくらいだわ」


 王都の大通りは整備されているため、馬車も走らせやすい。揺れも少なく、車輪がどこかにはまることもないだろう。

 ヴィエラは少し間を置いてから、ロアンへと視線を戻した。


「ねえ、ロアン。今日はお前に話があるの」

「はい。なんですか?」


 ストーンリッジ伯爵家も、公爵家とは比べ物にはならないが領地を持っている。きっと雨期が終わればロアンは家族と共に領地に帰るのだろう。その間、およそ三ヶ月。長ければ五、六ヶ月間二人は会うことが出来ない。

 ヴィエラは幾ら家族仲が良好でなくとも、ロアンを家族から引き離していいのか悩んでいた。


 それでもやはり、ヴィエラはヴィエラだ。自分が『離れたくない』と思ったのなら、動くしかない。


「もうすぐ雨期が開けるわ。お前も、領地へと戻るのでしょう?」

「はい。お母様が準備してました」

「そう……。領地に帰ったら、お前は何をする予定なの?」

「なにもしないです。いつもお庭とか、周囲の町とかに行って一人で虫をみてたので……きっと今回もそうなると思います」


 想像していた通りの答えだった。

 ヴィエラは何故か悔しさを感じて噛みしめていた奥歯に力を入れたが、すぐに膝の上で握っていた拳を緩めるのと同時に息を吐いた。


「やっぱりね。ロアン。お前に提案があるのだけど」

「はい。なんですか?」

「……わたくしといっしょに、公爵家の領地に来ない?」

「え?」


 ロアンは一瞬何を言われているのか分からなかった。だがヴィエラは構わずにもう一度「わたくしといっしょに夏をすごすのよ」と言葉を変えて提案する。


「ヴィエラ様たちといっしょに、公爵家の領地に、ですか?」

「ええ。どうせ伯爵家はお前を一人ですごさせると思っていたのよ。でも、わたくしはロアンにそんなことさせたくないわ。公爵家の持つ領地は広いのだから、お前が見たことのない虫も、植物も、絶対にあるわ。お前は、それを自分の目で見たいと思わない?」


 ヴィエラの言う通り、ロアンは伯爵領の中でも王都とは違う植物や虫が生息していることに気付いている。それが他領の、もっと広い土地になればどうなるか。ロアンの瞳がキラキラと輝き出す。


「はい! ぼく、ヴィエラ様といっしょにいきたいです! いろんなものをみて、しりたいです!」

「そう。お前ならきっとそう言うと思っていたわ」


 口ではそう言いつつ、ヴィエラは内心ほっとしていた。ロアンのことだから「ヴィエラ様のめいわくになりたくないのでいかないです」と返って来る可能性もあったのだ。

 だがロアンの好奇心は思ったよりも大きかったようだ。


 ヴィエラは安心して「あたらしい虫さん、いっぱい!」と喜んでいるロアンに「はしゃぎすぎよ」と返す。

 だが当の本人もいつになく楽し気で、同乗していた侍女は心の中でそっと「お嬢様が最高にお可愛い」と噛みしめていた。



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