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レディ・ヴィエラは揺るがない  作者:
幼少期-王都編-
13/32

マルグリット侯爵夫人

今回ロアン不在です。


 ロアンとヴィエラが出会った春が過ぎ、そろそろ夏に入ろうという頃。王都では一時的な雨季に入る。

 この時期は念入りに対策していないとアチコチで水害が起きるため、公爵家も半年ほど前から計画を立てていた。


 とはいえヴィエラはまだ五歳のため、本格的な領地経営には関わっていない。恐らく六歳か七歳になれば始まるだろうが、現状は『子供らしく遊んでもいい時期』とされている。

 勿論マナー講習や剣術と言った授業は行われているため、それなりに忙しい日々を過ごしている。だが何でもそつなくこなすヴィエラでも、この時期だけは憂鬱になっていた。


「はあ……。今日も雨じゃない」


 拗ねたようにベッドに寝転がっているのは、この部屋の主であるヴィエラだ。御年五歳の公爵令嬢は、退屈と不満が綯交ぜになった顔で不満を垂れていた。

 何せこの一週間、ロアンに会えていないのだ。

 理由は単純。雨だからだ。


(雨期だから仕方ないとはいえ、このままだとロアンに会えないまま領地に戻ってしまうことになるわ……。そんなのイヤよ)


 グラディアス公爵家を含め、殆どの貴族は夏から秋にかけて領地に戻る。地域によっては冬もそのまま領地で過ごすが、公爵家は政治にも関与している。そのため冬は王都で過ごすのだ。

 そして再び春になれば『社交シーズン』として領地に戻っていた貴族も王都に集まり、賑やかな日々が始まる。


 だが公爵家は保有地が広く、視察も長引く。その間ロアンに会えないのは非常に『退屈』であり、想像しただけで憂鬱になる。

 ヴィエラは「今までわたくしはどうやって過ごしてきたのかしら」と本気で考えてしまうほど、今が楽しくてしょうがないのだ。


 とはいえ、自分の『楽しみ』を優先し、雨の中馬車を走らせるのは危険だ。そのため「雨が止むまで互いに家で過ごそう」という話になっていたのだが、まさかこんなにも雨が続くとは思ってもみなかった。


「お嬢様。そろそろマナーの授業が始まりますが……」

「……分かった。行くわ」


 普通の子供なら駄々をこねる場面だが、ヴィエラは矜持が高いこともあり、そういうことが出来ない。どれだけやる気が出なくても授業には参加するのだ。


 だが心ここにあらずであることはすぐにバレてしまい、ヴィエラはマナーの教師であるマルグリット侯爵夫人に「どうなさったのです?」と問われていた。


「ヴィエラ様にしては珍しく授業に身が入っておりませんが……何かお悩みごとでも?」

「何でもありませんわ。ただ……雨がキライになりそうなだけです」


 憎らし気に窓の外を見やる横顔は不満いっぱいで、マルグリット侯爵夫人は「あら」と口元に手を当ててから小さく微笑む。


「てっきり、噂の“ご友人”とケンカでもなさったのかと思いましたわ」

「ご心配なく。そのようなことは“一切”ございませんので」


 恐らくそうなるだろうと思ってはいたが、やはりヴィエラとロアンの交友は社交界でも噂されているらしい。


 伯爵家であっても由緒正しい、あるいは歴史ある家門であればそこまで噂にはならなかっただろう。だがストーンリッジ伯爵家は二代前に昇爵したばかりだ。『成り上がり』と揶揄されることもある。


 だからこそ箔をつけるために公爵家とうまくやればよいものを、あの家はとことんマイナスの方向に舵を切ってしまった。


 ヴィエラと懇意にしているロアンにまともな服も教養も与えなかったのだ。

 それどころか『汚れるから粗末な服で十分だ』とロアンを蔑ろにした。

 つまりは『それを着て出入りしてもいい家門である』と、ヴィエラだけでなく公爵家全体を侮辱したのだ。


 結果、公爵夫妻の両名が動いた。


 由緒正しき家門を、成りあがったばかりの当主が適当に扱ったのだから当然の結果だ。

 『公爵家には見る目がない』と言っているも同然なのだから。


 一応伯爵の言い分としては「息子が『公爵家に相応しくない』と判断して欲しかったため『敢えて』みすぼらしい格好をさせた」らしいが、どうせただの言い訳だろう。とヴィエラは踏んでいる。

 現に長男のエルディオンからは「二度と公爵家にもロアンにもふざけた真似をしないよう、大きめの釘を刺してきたよ」と報告を受けている。だからと言って不安がないわけではない。大人はすぐに嘘をつくと知っているからだ。


「ヴィエラ様。手が止まっておりますわよ」

「! ……申し訳ありません。侯爵夫人」


 マナーの授業をやめ、代わりに裁縫道具を渡されたため刺繍を始めたのだが、これも手が止まっていた。

 そんなヴィエラに「しょうがない」と言わんばかりの表情を浮かべ、侯爵夫人は侍女を呼んだ。


「片付けてちょうだい」

「あ……。申し訳ございません、侯爵夫人」

「構いませんわ。ヴィエラ様だって五歳ですもの。気持ちが別の場所にいくこともございます」


 マルグリット侯爵夫人は穏やかに微笑むと、片付いた机の上に置かれたティーカップをそっと持ち上げた。


「ヴィエラ様。今日は、女性同士でお話をしましょうか」

「はい?」

「フフ。“恋の話”をしましょう」


 茶目っ気たっぷりに微笑まれ、ヴィエラはギョッと目を見張る。そしてすぐさま「わたくし、恋なんてしておりません!」と否定したが、侯爵夫人は微笑むだけだった。


「ヴィエラ様にもお可愛らしいところがあるのね。ですが、今回は私の話を聞いてほしいのですわ」

「……マルグリット侯爵夫人の恋のお話を、わたくしが聞いてもよろしいのですか?」

「ええ。ぜひ聞いてくださいませ」


 そう言って微笑んだマルグリット侯爵夫人の話は、今から二十年ほど前に遡る。


 いずれヴィエラたちも通うことになるであろう、王都にある『ウィスタリア学園』で起きた事についてだった。



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