メゾン・ラモンド
公爵夫人であるセラフィアと、公爵家長男のエルディオンが「後始末は任せて」と笑顔で退室してから数十分後。勉強を再開させていた二人の元に侍女がそっと近づき、声を掛けた。
「ヴィエラ様。『メゾン・ラモンド』のライアン様が到着いたしました」
「あら。急な呼び立てだったのに、ずいぶんと早いわね。ほうびとして多めに支払おうかしら。お前たち、彼らをこちらに通してちょうだい」
「ん?」
キョトンとするロアンとは対照的に、ヴィエラは侍女とメイドに指示をだし、机や文具を片付けさせる。そして彼女たちが道具を持って立ち去ると同時に、侍女が通したのは初老の男性だった。
「ご機嫌麗しく存じます。ヴィエラお嬢様。『メゾン・ラモンド』のライアンでございます」
メゾン・ラモンドは王都で最も有名な紳士服専門店だ。
グラディアス公爵家ではエルディオンが主に仕立てを頼むことが多い。父親のアルノアや、次男のイリアスもここに注文することもあるが、それぞれ気に入っている店がある。
とはいえヴィエラも顔見知りのため、親し気な様子で挨拶を返した。
「お久しぶりね、ライアン。今日は突然よびだしてごめんなさいね。お前たちの腕をみこんで、何点か仕立ててほしいのよ」
実際に彼らを呼ぶよう指示を出したのはエルディオンだが、ロアンの服を仕立てる、と決めたのはヴィエラだ。そのため今回はヴィエラの元に直行するよう指示が出されていた。
因みに支払いはヴィエラのお小遣いから出される。何せ“ヴィエラが”“ロアンの為に“贈るのだから当然だ。
ロアンはそれを聞いて必死に固辞したが、ヴィエラから「隣に立つお前がみすぼらしい格好をしていると、わたくしが困るのよ」と言って黙らせた。
ヴィエラへの愛情を利用したずる賢い説得である。
そうとは知らずやってきた仕立て屋達は、採寸用のメジャーやカタログ、生地のサンプルを準備し始めた。
「かしこまりました。公爵家のご用命とあらば、最善を尽くして仕立ててみせましょう」
「ありがとう。ではこちらに来てちょうだい。今回はこの子の服を仕立ててほしいの」
そう言ってヴィエラが紹介した少年を目にしたライアンは、思わず固まってしまった。
「……申し訳ございません、お嬢様。こちらの少年は……」
メゾン・ラモンドの職人であるライアンが固まるのは無理もない。何せ公爵家に『そぐわない』身なりをした少年が立っていたのだ。郵便配達員か、それとも新しく入った下男か。一体どちらなのだろうか、と考えていたライアンの前で、ロアンは以前よりマシになった挨拶を披露した。
「お初におめにかかります。ぼくはロアン・ノア・ストーンリッジです。本日はよろしくおねがいします」
「……ストーンリッジ伯爵家の方でしたか。これは失礼いたしました。私は『メゾン・ラモンド』にてデザインを担当しております。ライアンでございます」
職人という仕事についているが、ライアンも貴族出身だ。家格は低く、家督を継げる立場でもなかったため、今は半ば家名を捨てている状態だ。そんな彼は趣味であったデザインの仕事を活かすため、洋裁店を開いた。
結果として大成しており、公爵家が直々に依頼するほどの名店となっている。
だが出自が低いのはライアンも一緒だ。だからこそロアンを見ても見下すことなく静かに頷くと、依頼主でもあるヴィエラに視線を戻した。
「それではヴィエラ様。本日はどのようにいたしましょうか」
「見ての通りよ。この子をわたくしの隣にならばせてもいいようにしたいの」
「かしこまりました。ではロアン様、早速採寸へと移りましょう」
「はい? え? あの、ヴィエラ様?」
採寸などしたことがないのだろう。サッとライアンの後ろから現れた他の職人たちに囲まれ、ロアンの目が不安げに揺れる。だがヴィエラは「大人しくしていなさい」と手を振るだけで、衝立の向こうから聞こえてくる悲鳴は無視した。
「これからあたたかくなるから、夏服がほしいわね」
「失礼ですが、ロアン様はお幾つなのでしょうか」
「五歳よ。わたくしと同い年なの。男の子だから、イリアス兄様みたいに背ものびるでしょう」
「さようでございますか。それでは今回は夏服を主に仕立て、冬服は改めて採寸を行ってから本格的に制作いたしましょう」
「ええ。それがいいわね」
ライアンが差し出したカタログを捲りつつ、ヴィエラはいつの間にか並べられていた素材のサンプルを一枚ずつ手に取り、確かめていく。
「あら。これ、新しく仕入れたの? 今までとは違うわ」
「さようでございます。先月から隣国では流行し始めたものだそうで、セルディア家の旗を掲げた商人が申しておりました」
「そう……。でも夏向きではないわね。秋、もしくは冬に仕立てた方がよさそうだわ。今回は例年通り、こちらの生地にしましょう。あの子は騎士ではないけれど、それなりに外に出るから」
「かしこまりました。色は如何なさいますか?」
「そうねえ……。ロアン、あなた何色が好きなの?」
騎士を多く輩出し、また抱える公爵家の人間は汗や汚れに強い生地で服を仕立てることが多い。そして夏場は汗をかくため、汗の吸収がいい素材を選ぶ傾向にある。
性能がいい分値も張るが、支払えないほど公爵家は困窮していない。むしろ物流のセルディア家に負けない資産家でもあるのだ。
ヴィエラは金に糸目をつける気は一切なく、ロアンの好みの色だけを聞くつもりだったが、初めての採寸に悲鳴を上げていた少年は疲れた様子で「とくにないです……」と答えるだけだった。
「特にない? うそおっしゃい。お前にだって好きな色ぐらいあるでしょう」
「だって……ぼくがすきなのはヴィエラ様の目と同じ赤色だから……」
その答えにライアンは二つの意味で「ああ……」と小さく零す。
『赤』は王族、もしくはそれに連なる者にしか許されていない高貴な色である。幾ら貴族であろうと許可なく纏うことは出来ないのだ。
加えて今回は『少年の恋心』にも等しい気持ちも入っている。『想い人の色』を好ましく思うのは当然のことだ。
身分差があるとはいえ、甘酸っぱい少年の想いに、初老にも近いライアンはほっこりとした気持ちになってしまった。
ヴィエラも、まさかそんなことを言われると思わなかったのだろう。珍しく猫のような目を丸くしたかと思うと、すぐさま照れ隠しをするように顔を顰めた。
「まったく、お前という子は本当に……。いいわ! 今回はわたくしが選んであげます! でも、ロアン。お前も、赤以外に好きな色を見つけなさい。でないとわたくしも贈り甲斐がないわ」
「はい! ヴィエラ様じゃない色をがんばってみつけます!」
「そうじゃないわよ、おバカ! 本当にお前はしょうがない子ね!」
「ええ……。ぜんぶほんとのことなのに……」
普段はツンと澄ました、大人顔負けの賢さを見せるヴィエラが初めて『年相応の少女』に見えてくる。
その微笑ましさに、ライアンだけでなく侍女たちもニッコリと笑顔を浮かべながら、愛らしい主人の照れ隠しを優しく見守るのだった。




