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戦術の迷宮、あるいは微笑みの断頭台

眩いスポットライトが交錯するステージは、もはや華やかな発表の場ではなく、互いの喉元を狙い合う静かな戦場へと変貌していた。ぴかりが丘学院の美墨なぎさは、スピーカーから放たれる自らのユニットの重低音の中に、異物のような「違和感」を感じ取っていた。自分たちの放つ不協和音は、確かに観客の心拍数を狂わせ、一時は会場を支配したはずだった。しかし、対峙する日向大和の瞳からは、焦りの色は微塵も感じられない。それどころか、彼女はタクトを振る指揮者のような優雅さで、ぴかりが丘が撒き散らすノイズを、自らの旋律の背景音バックトラックへと変え始めていた。


「……なぎさ、気を引き締めて。彼女、私たちの『乱れ』をあえて利用しているわ」


月影ゆりの鋭い警告がインカムに響く。大和率いるユニットの真髄は、圧倒的な個の力ではない。大和という唯一無二の磁場が、メンバー五人の才能を最適化し、相手の攻撃をそのまま鏡のように跳ね返す「適応能力」にある。なぎさがみゆきを解き放とうと鋭いリードを出すたび、大和はそれを予測していたかのように、自分たちのコーラスの音量をミリ単位で調節し、みゆきの咆哮が最も響かない周波数で音の壁を築いてくる。


ステージ上、日向大和と目が合った。彼女は歌いながら、なぎさにだけ分かるような小さな、慈しみさえ感じさせる微笑みを浮かべた。それは「君の考えていることはすべて、私の手のひらの上だよ」という、残酷なまでの宣告だった。


大和のユニットが放つ次の楽曲は、極めて複雑な転調を繰り返す難曲だった。普通なら足元を掬われるような不安定な構成を、彼女たちは一糸乱れぬステップで踏み越えていく。なぎさは戦慄した。大和は、自分のメンバーに「自由」を与えているのではない。彼女たちの思考を完全にトレースし、彼女たちが「最も気持ちよく歌える瞬間」を、コンマ数秒の狂いもなく演出し続けているのだ。それは、なぎさがみゆきに強いた「突き放す信頼」とは真逆の、完璧な「支配による調和」だった。


「——咲、りん! 左右の動きを止めるな! 大和さんの視線を散らして!」


なぎさは焦燥を押し殺し、日向咲と夏木りんに激しいアクションを指示する。二人の躍動感あふれるダンスは、ぴかりが丘の生命線だ。しかし、大和はその動きに惑わされることはなかった。彼女は、咲やりんの動きの「癖」さえも、合宿の映像からすべて解析し尽くしていた。


「無駄だよ、なぎさちゃん。君たちのステップは、あまりに正直すぎる」


大和の声が、歌声に混じってなぎさの耳を打つ。


その直後、大和は信じられないような一手を打った。自分たちの最も得意とする王道バラードのサビで、彼女はあえてメインボーカルの座を退き、控えめなコーラスに回ったのだ。代わってセンターに立ったメンバーは、これまで目立たなかったが、その瞬間に爆発的な声量を解放した。


予測していなかったセンターの交代。ぴかりが丘の六人は、一瞬だけ音のバランスを崩した。大和が狙っていたのは、その「一瞬の動揺」だった。


「……っ、しまった!」


なぎさが立て直そうとした時には、すでに遅かった。大和が放ったコーラスの残響が、ぴかりが丘の構築していたリズムを完全に上書きし、会場の熱狂は大和たちの足元へと雪崩を打って押し寄せた。支持率メーターの針が、非情な速度で右へと振り切れる。


「なぎささん、負けません! 私、もっと、もっと大きな声を出せます!」


星空みゆきが、悔しさに顔を歪めながら叫ぶ。彼女は本能で、自分たちが大和の「迷宮」に閉じ込められようとしていることを察知していた。みゆきはなぎさのリードを待たず、独断で最高音のロングトーンを叩き込もうとした。


「——待って、みゆき! 今のは罠よ!」


なぎさの制止は、轟音にかき消された。みゆきが放った魂の絶唱は、確かに素晴らしかった。けれど、大和はそれを待っていたのだ。大和はみゆきが声を出し切った直後の、呼吸のわずかな「空白」を狙い澄まし、ユニット全員で最も重厚な和音コードをぶつけてきた。


みゆきの声が、大和の音の奔流に飲み込まれ、消えていく。 それは、猛獣の爪を、柔らかな真綿で包み込み、窒息させるような光景だった。


秋元こまちのピアノが、かろうじて戦線の崩壊を食い止める。けれど、ステージを支配しているのは、間違いなく日向大和という巨大な意思だった。彼女は、なぎさが誇りとしてきた「論理」を、より高度な「統計」でねじ伏せ、みゆきが武器とする「野生」を、冷徹な「観測」で檻に閉じ込めた。


第97話、戦術の迷宮。 王者の微笑みは、挑戦者の翼を一枚ずつ、丁寧に引き抜いていく断頭台のようだった。 なぎさは、自身の指先が冷たくなっていくのを感じながら、大和の背中を見つめた。


あの日ドームで見た景色が、より残酷な形で繰り返されようとしている。 けれど、なぎさの瞳の中の火は、まだ消えてはいなかった。 「……大和さん。あんたが私の全部を読んでるって言うなら、私は、自分さえも読めない『エラー』を起こしてあげるわ」


なぎさは、自らの設計図の最終ページを、心の中で激しく塗り潰した。 再戦の序盤、圧倒的な劣勢の中で、烏たちは今、自らを変異させるための、最も苦しい「脱皮」の瞬間を迎えようとしていた。

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