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残響の行方、あるいは敗北の味

ホールの照明が落ち、観客の喧騒が遠い幻聴のように消えていく。ステージ裏の冷たいコンクリート通路に、ぴかりが丘学院の六人の足音が重く響いていた。勝利したはずの彼女たちの身体は、極限まで絞り出された情熱の代償として、鉛のように重い。美墨なぎさは、震える指先を隠すようにパーカーのポケットに突っ込み、隣でフラフラと歩く星空みゆきを、無言で支えていた。


「……勝ったんだよね、なぎささん」


みゆきが掠れた声で呟く。その瞳には、勝利の喜びよりも、まだあのステージで鳴り響いていた「音」への名残惜しさが滲んでいた。なぎさは「ああ」と短く答える。だが、彼女の脳裏に焼き付いているのは、最後に見た日向大和の、あの清々しいまでに冷徹な瞳だった。


一方、その頃。敗れ去った大和たちは、誰にも見られない裏階段の踊り場にいた。


調辺アコが、壁を拳で激しく叩きつけた。その衝撃音が、静かな階段室に虚しく反響する。彼女の牙は折れ、誇りはズタズタだった。他のメンバーも、膝を抱えて動けない。日向大和は、一人だけ真っ直ぐに立ち、窓の外に広がる夜景を見つめていた。


「……大和。あんた、あそこで一瞬、迷ったでしょ」


月影ゆりと並び、ユニットの精神的支柱であったメンバーが、大和の背中に静かな問いを投げた。大和は振り向かずに、小さく鼻で笑った。


「迷う余裕なんてなかったよ。……ただ、あの瞬間の彼女たちの音が、あまりに『正解』から遠くて、あまりに美しかった。それだけだよ」


大和の指が、手すりを白くなるまで握りしめる。彼女のアイドル人生は、常に「正解」を積み上げることだった。だが、目の前でそれを破壊し、新しい地平を切り拓いたのは、自分があの日、地の底に突き落としたはずの烏たちだったのだ。


「……さあ、行こうか。泣いている暇はないよ。私たちは、また『正解』を磨き直さなきゃいけないんだから」


大和は力強く歩き出す。その後ろ姿は、敗者であってもなお、王者の気品を失ってはいなかった。だが、通路の曲がり角で一人になった瞬間、彼女は崩れ落ちるように壁に手をついた。溢れ出した涙が、完璧に整えられていたメイクを黒く汚していく。それは、誰にも見せることのない、一人の少女としての悔恨だった。


ぴかりが丘の面々は、なおコーチに連れられて、会場近くの小さな定食屋にいた。華やかなアイドルの打ち上げとは程遠い、温かい湯気が立ち込める静かな店。並べられたのは、特別な御馳走ではなく、どこにでもある家庭的な料理だった。


「——食べなさい。今のあなたたちの身体は、空っぽよ」


なおコーチの言葉に促され、六人は箸を動かし始めた。最初は無言だった。だが、一口、また一口と料理を口に運ぶたびに、凍りついていた感覚が、じわじわと解けていく。


「……おいしい」


夏木りんが、味噌汁を啜りながらポツリと漏らした。それをきっかけに、堰を切ったように感情が溢れ出す。日向咲が、秋元こまちが、そして月影ゆりが。みんな、涙を流しながら、必死に食べ続けた。


悔しさの涙ではない。自分たちの存在を証明し、生き残るために全てを使い果たした者だけが味わえる、強烈な「生の味」。なぎさは、喉を通り抜ける白米の熱さに、自分がまだ生きていることを、そして、この仲間たちとまだ歌い続けられることを、痛いほどに実感していた。


「……次の相手は、白鳥沢のモデル……宇佐美いちか率いる『キラキラ☆パティスリー』ね」


ゆりが、涙を拭って言った。その名は、この地域のアイドル界における「絶対的な太陽」。大和という月を越えた先に待つ、灼熱の巨星。


「……望むところだわ」


なぎさは、最後の一口を飲み込み、力強く宣言した。彼女の瞳の中には、もはや日向大和への怯えはなかった。あるのは、自分たちが掴み取った「不協和音」という翼で、あの太陽さえも食らい尽くしてやろうという、不敵な野心だけ。


隣で、みゆきが茶碗を持ったまま寝落ちしていた。その幼い寝顔を見つめながら、なぎさは、自分たちがこれから登る階段の険しさを想う。


夜の街に、ぴかりが丘学院の六人は踏み出した。見上げる夜空には、まだ届かない高い場所に、月と星が輝いている。


残響の行方。 敗北の味は、王者の背中をより強く、より孤独に鍛え上げた。 そして勝利の味は、烏たちの翼に、次の嵐を越えるための鋼の芯を通した。


なぎさは、夜風に吹かれながら、自身の喉の奥にまだ残っている「熱」を確かめた。 次は、ドームへと続く最後の門。 漆黒の翼は、夜を味方につけて、さらなる高みへと静かに爪を研ぎ始めた。

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