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太陽の城、あるいは巨人の産声

翌朝のぴかりが丘学院のリハーサル室は、昨夜までの喧騒が嘘のように静まり返っていた。窓から差し込む冬の朝日は冷たく、鏡に映る美墨なぎさの顔には、隠しようのない疲労の色が滲んでいる。だが、彼女の瞳の奥にある熱は、以前よりもずっと深く、鋭いものに変わっていた。


なぎさは一人、スピーカーから流れる昨夜の録音を聴き返していた。自分たちが放った不協和音。大和の王国を切り裂いたあの絶唱。それを聴きながら、彼女は昨夜、なおコーチから手渡された一編の映像データを思い出していた。


それは、決勝で待ち構える「絶対王者」の、昨日のパフォーマンスを記録したものだった。


画面に映っていたのは、もはやアイドルという枠組みを超えた「現象」だった。 センターに立つ宇佐美いちか。彼女の放つ歌声は、なぎさが苦労して構築した戦略も、大和が磨き上げたセンスも、すべてを無意味にするほどに巨大で、純粋な「力」そのものだった。彼女は策を弄さない。ただ、圧倒的な声量と、誰にも真似できない輝きで、ステージのすべてを支配し、跪かせる。


「……これが、太陽」


なぎさが呟いた時、リハーサル室のドアが勢いよく開いた。


「なぎささーん! おはよ……う……ございます……」


元気よく飛び込んできた星空みゆきだったが、なぎさの前に置かれたモニターの映像を見た瞬間、その言葉が喉に張り付いた。画面の中では、いちかがたった一音のロングトーンで、スタジアム中の空気を震わせ、観客の意識を完全に掌握していた。


「……すごい」


みゆきが、吸い寄せられるように画面に近づく。 「この人……一人で、世界を塗り替えてるみたいです」


なぎさは黙って頷いた。自分たちが大和を倒すために必要とした、緻密な計算や、六人の命を削るような連携。それらすべてを、宇佐美いちかは、ただ「そこに立つ」だけで無に帰してしまう。


「キラキラ☆パティスリー。彼女たちのコンセプトは、徹底した『個の極致』よ」


いつの間にか背後に立っていた月影ゆりが、静かに告げた。 「大和さんが『最高の指揮者』だとしたら、いちかさんは『最強の太陽』。彼女を支えるメンバーもまた、それぞれが他校のセンターを張れるほどの実力者たち。けれど、彼女たちはなぎさのように連携を求めない。ただ、いちかさんという光をさらに強くするために、個々の才能を最大限に爆発させるだけ」


映像の中で、いちかが微笑む。その笑顔には、大和のような冷徹さも、なぎさのような狂気もない。ただ、自分こそが世界の中心であるという、揺るぎない確信だけがあった。


なぎさは、自身の喉をそっと撫でた。 大和との戦いで、自分たちは「烏の戦い方」を見つけた。けれど、その戦い方は、あんな巨大な太陽に通用するのだろうか。


「——ビビってる暇なんてないわよ」


夏木りんが、ドラムスティックを回しながら入ってきた。後ろには日向咲と秋元こまちも続いている。 「あんなバケモノみたいな声、聴かされたら、逆にワクワクしてくるでしょ。私たちの不協和音で、あの綺麗な太陽を真っ黒に染めてやるんだから」


咲が笑い、こまちが静かに譜面を広げる。 六人の視線が、モニターの中の宇佐美いちかに注がれる。 王者を倒したばかりの彼女たちに休息はない。次なる獲物は、アイドル界の頂点に君臨する、巨人の産声。


なぎさは、ボリュームを最大まで上げた。 いちかの歌声が、リハーサル室の空気を震わせる。 それは、これから始まる決勝戦への、無言の宣戦布告だった。


「……待ってなさいよ、宇佐美いちか。あんたの太陽、私たちが飲み込んであげるわ」


なぎさは不敵に笑い、鍵盤に指を置いた。 新しい楽曲の、最初の一音。 それは、太陽の光さえも届かない、深淵からの挑戦状だった。

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