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反撃のトリガー、あるいは共鳴する覚悟

ステージ中央で、日向大和が放つ輝きは増すばかりだった。彼女が調辺アコという荒ぶる牙を「調律の檻」に収めたことで、大和のユニットは、王道としての美しさと野性的な破壊力を同時に備えた、無敵の怪物へと変貌していた。対するぴかりが丘学院の六人は、押し寄せる音の暴力に防戦一方となり、支持率のメーターは無情にもじりじりと削られていく。美墨なぎさの指先は、焦燥からくる僅かな狂いを見せ始めていた。


「……っ、このままじゃ、飲み込まれる」


なぎさが奥歯を噛み締めたその時、背後から凛とした、けれど熱を帯びた声が届いた。


「なぎさ、前だけを見なさい。背後のノイズは、私たちがすべて食い止めてあげる」


月影ゆりだった。彼女は自身のマイクを強く握り直し、なぎさの隣へと歩み出る。その後ろには、夏木りん、日向咲、秋元こまちの三人が、まるでなぎさを守る盾のように、そして鋭い矛のように並び立っていた。


なおコーチが舞台袖で、静かに頷く。彼女の手元にあるタブレットには、相手ユニットの周波数データと、アコが動く際の僅かな「予兆」が記録されていた。


「大和はアコを飼い慣らした。でも、それは同時に、アコという『一点』にユニットの重心を預けたということでもある。そこを叩きなさい。……あなたたちの喉は、まだ枯れていないはずよ」


なおコーチの指示をインカムで受けたなぎさは、視界が急速に晴れていくのを感じた。そうだ、自分一人で戦っているのではない。なぎさが設計図を描き、みゆきが突き抜ける。その二人の自由を担保するために、他の四人はあの日ドームで敗れた日から、誰よりも「泥臭い」練習を積み重ねてきたのだ。


なぎさは再び鍵盤を叩いた。今度は、相手の引力に抗うための音ではない。大和が作り上げた完璧な調和の中に、わざと「空白」を投げ入れるための、極めて数学的な休符の連打。


「——咲、りん、今よ!」


なぎさの合図と同時に、日向咲と夏木りんがステージの端から端までを使い、観客の視線を強引に引き裂くような激しいアクロバットを展開した。大和のユニットが誇る精密なフォーメーション。その視覚的な死角を突くように、二人の躍動がノイズとなって相手の計算を狂わせる。


大和の瞳が、僅かに揺れた。


「……攪乱かくらんのつもりかい? 甘いよ、なぎさちゃん」


大和がアコへ次の咆哮を促そうとした、その瞬間だった。


秋元こまちの静謐なアルトが、アコの放つべき第一音の倍音を完全に打ち消すように重なった。それは「消す」ための音ではなく、アコの音を「自分たちのリズムに取り込む」ための高度な同調シンクロ。アコが放つ暴力的な熱量は、こまちの歌声というフィルターを通すことで、ぴかりが丘学院の楽曲を彩る劇的なスパイスへと変質させられた。


「——なっ、アタシの音が、吸い込まれてる……!?」


アコが初めて、ステージの上で戸惑いの表情を見せた。自慢の牙が、自分たちを傷つける刃ではなく、相手を輝かせるための装飾に変えられた。その一瞬の迷いこそが、なぎさが待ち望んでいた「反撃のトリガー」だった。


「——みゆき!!」


なぎさの絶叫に近いリードが、すべての制約を解き放つ。


星空みゆきは、ステージの最頂部にあるせり上がりへと駆け上がっていた。彼女は、なぎさが作った「空白」の正体を知っていた。それは、自分が跳ぶための滑走路だ。


みゆきは、大和の黄金の光さえも踏み台にするかのように、空中へと身を投げ出した。そして、喉が裂けんばかりの絶唱を、会場の全方位へと叩きつけた。それは、なぎさが数学的に算出した「大和の理性が最も嫌う音域」を、みゆきの野性が正確に撃ち抜いた瞬間だった。


「——おおおおおおおっ!!!」


会場の支持率メーターが、落雷に打たれたかのように激しく跳ね上がった。


大和の「調律の檻」が、内側からではなく、なぎさたちが仕掛けた多角的な「共鳴」によって外側から粉砕された。大和は、自分のリードがみゆきの咆哮にかき消されるのを、初めての屈辱と、そして得体の知れない高揚感とともに受け止めていた。


「……そうか。君たちは、私を倒すためだけに、自分たちの『個』を一つの巨大な牙に束ねたんだね」


大和は汗を拭い、不敵に笑った。 ぴかりが丘学院の六人は、もはやバラバラの烏ではなかった。なぎさという頭脳を中心に、ゆりの冷静、りんの熱情、咲の躍動、こまちの慈愛、そしてみゆきという魂。六つの個性が一つの旋律として結晶化し、王者の喉元にまでその切先を届かせていた。


なぎさは、指先から伝わる鍵盤の振動を通じて、仲間たちの鼓動を感じていた。 今の自分なら、大和のどんな「正解」も、自分たちの「熱」で溶かしてしまえる。


第103話、反撃のトリガー。 烏たちは、絶望の檻を食い破り、自らが新しい秩序そのものになろうとしていた。 漆黒の翼は、黄金の引力を振り切り、今、再戦のクライマックスへと向かって、かつてないほど高く、鋭く羽ばたいた。


「——行くわよ、大和さん。これが、私たちの『本当の不協和音』よ!」


なぎさの声が、熱狂の渦を切り裂いて響き渡った。

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