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「人との会話が減少の傾向にあります。コミュニケーションを取りましょう」
スマホの画面にそのような文言が表示されている。
いつもは「うん、はいはい」と物言わぬスマホに対し軽く返事をするだけなのだが、ふと今日、私はそのメッセージが送って寄越される原因について『心当たり』があることに気付き、しばらくの間スマホと同様物も言わずそれをじっと見下ろしていた。
休日前の夜、宅配弁当の到着を待ちながらダイニングチェアの上にだらりと座り込んだ状態で。
最近の私は、丑三つ時に水を飲む霊を追い払うことに成功したお陰で、確かに気分もテンションも上がり表情も良くなり、人と笑顔で接することも増えている。
だが現時点では、まだまだ他人とのコミュニケーション、つまり対話が、不足している状況なのだ。
それはやはり、私自身の本来持つ性格からすると無理もないと言える。元々、人とわいわい駄弁ることがあまり好きでも得意でもないからだ。
しかし。
前には、今ほどこの『人との会話が減少』しているという『お叱り』を頻繁に受けることはなかった。受けるにしても、月に二、三回程度だったと思う。まあそれでも回数が多い、要改善だと判断する向きもあるかも知れないが、私の持って生まれた性格から見るとそれ位が『普通』だろう。
しかるに今、現在、なんとほぼ毎日、このメッセージが出て来る。それを見ない日はない。
何故そうなったか。
私は、竹中さんを思い出したのだ。
あまり弾む話ではなかったにしろ、竹中さんがいた頃は、主に竹中さんの方からの声かけ、話しかけにより、ぽつぽつと世間話が私たちの間で交わされていた。
そして竹中さんが引っ越して行ってからは当然その『お駄弁りタイム』はごっそりなくなったので、結果として私自身の他者との対話量は激減したという訳だ。
であればどうするか。
私は自問し、
どうもできないよね。
そう自答した。
それはそうだ。そうとしか言いようがない。
私の健康管理のため竹中さんに再び戻って来てもらう事など不可能だし、それじゃあといってマンションの他の住民たちに今からフランクに話しかけお近づきになる事など、さらに不可能に思える。無理してそんなことをすれば、体か精神を壊しかねない。逆効果だ。
もう少し時間をかければ勤務先の方で、例えば何か新規のプロジェクトが立ち上がり、スタートアップメンバーとして選ばれ、チーム内の皆で盛り上がり互いに協力して行く展開にでもなれば、それこそ公私ともに対話数、発話量が格段と上昇するかも知れない──
「はははは」
私は乾いた笑いを喉から洩らし、およそひと月ぶりに飲むビールをひと口呷った。
よしんばそういったプロジェクトなりが立ち上がったとして、メンバーに選ばれるのは恐らく、私よりも一回り程若い社員たちだ。
万に一つの奇跡としてその中に私が混ざる事になったとしよう。果たして追いつけるのか? 彼ら若手世代の会話、そして行動スピードに。新規プランや修正アイデアが叩き出される、そのめまぐるしい状況変化に。
光のように飛び交う彼らの『対話』の中、私という存在は──
何故か私の妄想の中で、般若心経を唱え手を合わせる自分の姿が浮かんだ。
チ──ン……
頭の中で、鉦が鳴る。
鉦。
私の脳裏に、それまで物陰に隠れていた項目がふっと再出現した。
鉦の音。
竹中さんが、時折鳴らしていたもの。
それと合わせて、竹中さんの部屋から時折、夜中に話し声が聞こえてきていた。
話し声。
ついでに言えば玄関脇の盛り塩も思い出したが、その時の私には『話し声』という項のみが大きくクローズアップされていた。
竹中さんは──話していた。
そう、あれは独り事でも本の朗読でもなく、他者との対話だ。他者、すなわち──
私は高速でスマホを取り上げ、一瞬よりも早く健康管理アプリを起動した。
「人との会話が減少の傾向にあります」
人。
そこには人と書いてある。それはつまりヒューマン、霊長類ヒト科ヒト属、ホモ・サピエンスという意味と考えられる。
そしてそこには、人、としか書いていない。
それはつまり、生きているか死んでいるかについては、不問であると考えられる。
奴は、明らかに人間だ。
まず水を飲むためにコップという道具を使う。人だ。そして水を飲んだ後、満足だという感情を表すために大きく息を吐く。人だ。さらにコップを洗い、元の場所に片づけるという社会的な行動を取る。人だ。その後、音からして二足歩行で歩く。
人だ。間違いない。
私はスマホを握り締めたまま暫しの間考察し、それからふとビールの缶の存在に気付き、おもむろにそれを持ち上げ二口三口続けて飲んだ。
ふ──
息を吐く。
これだ。
竹中さん程の実績は残せないかも知れないが、竹中さんを見習い、対話増量に向け行動を開始しよう。
健康管理のための対話増量プロジェクト、新規立ち上げだ。
スタートアップメンバーは、私。そしてもう一人。
奴だ。




