マ境
ここは道場。
中央ではルウェットは木刀でエスは竹刀で撃ち合っている。
エスの撃が少しではあるが、彼を掠めていた。
その端にデンマーク、カナダ、日本の審判と轟道がいた。
轟道は長い治療期間を経て、復帰していた。
その姿勢はゲンナリとはしていなく、逆にいつもより良かった。
「轟道さん、本当に大丈夫ですか?」
神橋が訊く。
「大丈夫だと言っているだろう。落ち込んだところで何も産まん」
(よく言うよ、神橋......先輩がやられた時、いの一番に心配してたって言うのに)
デンマーク審判アレックスが轟道を細目で睨む。
「2人とも......! そろそろ休憩しましょう......!?」
カナダ審判ローラがおどおどとした手つきで水筒を2つを掲げた。
「お言葉に甘えよう。なぁ? エス」
ルウェットの体にはピンク色の箇所が複数あった。
エスがローラの方へ行こうとする。
だが。
「ルウェット、先の言葉はどこ行った?」
瞬間、ルウェットの右から木刀が放たれる。
しかし、それが加速しきる前にエスが竹刀の腹で止めていた。
「うるせぇ、勝ったら関係ねぇんだよ!」
ルウェットはもう一度膂力を込めると、受けている竹刀が湾曲する。
その時、エスが左脚をすっと上げ、その足先でどこかを蹴り上げた。
チーン。
良からぬ音だ。
「あっ......」
ルウェットが地面に倒れ込む。
彼は武器を離した。
右手でその部分を押さえ、左手で床の一部を掴んで、木片にする。
それほどまでの激痛。
「エスさん......何を?」
思わず、ローラが困惑する。
「なんかぶら下がってたから」
エスは淡々と竹刀を轟道のところまで持っていく。
「まさか、俺にもするわけじゃないだろうな」
「違うよ、単純に訊きたいことがあったんだ。轟道、槍はどうなった?」
轟道の十文字槍。
それは虎龍が繰り出した2匹の蛇にて砕かれた。
「.......まだ、修復に取り掛かっているそうだ。当然とも言えるだろうな。あれは昔より道場が政府に渡すのを拒み続けた名槍『鐘鳴鞘胤』。今とは比べようもない技で造り上げられた最高峰の武器、柄だけだとしても時間は掛かる」
轟道はそれでも心の均衡を保ち続けている。
「その槍をあんなあっさりと......それほどまでに中国の壁は高かったか」
エスが彼を真正面に胡座をかく。
「俺が使える技はせいぜい数百ほど、だが、やつは数千にも上ると見ている。要はだ、虎龍は俺を相手取って底すら見せちゃいない」
その言葉に辺りは慄然とした。
ルウェットが動きを止めるほどに。
「似たような話がわんさかあるよな。前の中国を破った『インド最強』、モンゴルの弓士を殺めた『タイ最強』、オランダの予見者を倒した『ロシア最強』......ここは魔境かよ」
ルウェットから珍しく汗が滴り落ちる。
「この場所がどうであれ、俺のやるべきことは変わらん。虎龍との再戦をいざ!」
轟道は燃えていた。
限りなく強い男を相手にしてなお、闘争心は尽きることを知らない。
それどころか薪を焚べるに等しいものだった。
「言うが、勝算はあるのかよ」
「ルウェットさんの言う通りだな」
野次が降ってかかる。
「良くも悪くも戦争に理由は要らん。そうだろ?」
刹那、轟道の顔に悪魔的な微笑みが現れる。
神橋の脳裏に様々な言葉が浮かぶ。
本気・敗北・無理・逆転・流石・凄......など。
そこから1つの言葉を紡ぎ出した。
「あのすまし顔引っぺがしてやりましょう!」
神橋はガッツポーズで答えた。
その時、神橋の右ポケットが揺れた。
正体はスマホであった。
神橋がそれに応じる。
「誰ですか」
〈もう忘れてしまったのかい? 私だよ、荒川だ〉
その声で神橋ははっとした。
荒川、彼は神橋が護衛をしていた大臣である。
「どうしたんですか、急に......」
〈感動的な再会だが、国際電話だからな、手短に話すぞ。轟道さんも聞いてください〉
荒川は淡々としていた。
「ああ、聞くさ」
〈今回の敗北は相手が中国と鑑みたら、あまりに大きいですが、私は、轟道さん......あなたならいくらでも取り返せると思っています。ただ、国会にて戦争の一時停止を締結されました。あまりにも消極的であくびが出るほどっですよ〉
日本の戦線離脱の旨。
轟道が口を噛み締める。
「ミスター轟道......」
「ここに来ての離脱は手痛いね」
〈ん? 君たちは誰だい? 知らない言語が飛び交っているのですが〉
「ああ、そうか。荒川は入れていなかったな。こいつらはデンマーク、カナダの代表だ」
ルウェットとエスを順番に指して言った。
〈仲が良くてなによりだ。上にはその二国へ便宜を図ろう〉
「その件の期間はいつまでだ」
〈決めるのは総理なので、そればっかりは私にも分からないですね〉
「つまり、再開するまでに鍛え上げろ、ということだな」
〈それは素晴らしいと思うのですが......でもやっぱり、実戦こそが最高の鍛錬じゃないのですか?〉
「基礎がおろそかなら、実戦で磨いたって意味はない。これを機に俺の技術を盤石にして見せるさ」
轟道が長丁場になることを覚悟する。
その右横で神橋も腹をくくっていた。
「あ、それとだな、荒川。日本最高の樫を用意しろ」
轟道の目が笑った。
〈え? いやいや、武器が壊れているのは存じておりますが、そんな簡単に言われてもですね〉
「お前は日本最高のツテだ。信じている」
〈いや、まぁ、はぁ。ありがとうござ......〉
瞬間、轟道と荒川の通話が斬れた。
いや、斬ったのだ。
「せっかくの連絡だろ? もう終わっていいのかよ?」
「構わん、死なん限りはいつでも話せる」
「ひえぇ......」
「ストイックだな」
「ははは......! ルウェット、エス、アレックス、ローラ、神橋君。ここからが苦しいぞ」
エスはやる気でいる。
他の四人は重い腰を上げた。
彼らが待ち受けているのは一体なんだろうか。
それを知るのは......轟道のみである。
その時、ブルネイの部屋が戦慄していた。
そこにいるのは『ブルネイ最強』ファグル・アルマニアと審判ラフマンである。
2人とも、サラリーマン風の格好をしている。
ファグルがパソコンを立ち上げている。
「ついに来たか、『ドミニカ最強』......」
「てっきり代表を出さないまま、耐えるのかと思っていましたよ」
ラフマンがハンカチを取り出す。
「流石に泣き寝入りするばかりではないと考えていたがな。うん、俺の情報源によると名前はアミニ、男、年齢は......14歳だと!?」
あまりに若い。
若すぎる。
「気でも狂ったのですかね」
「少し待て。映像が送られてきている」
カーソルをそのファイルへ運ぶ。
動画時間は1分ほど。
アミニと思われる少年がゴロツキに絡まれている。
身長、筋肉量、体重からしても少年が勝てる見込みは低い。
だが、少年がその場からゆったりと去ろうとする。
背中にナイフが突き立てられる。
がしかし......ナイフが砕け、ゴロツキが崩れ落ちる。
「社長......今の見えましたか......?」
「僅か......だがな。対面すれば避けるのが精一杯だと思っている」
ファグルは『インド最強』に負けはしたが、決して弱くはない。
しかし、そんな彼を持ってして回避で手一杯。
アミニ、どんな怪物なのだ......




