キョ実
「来い、叉都 轟道」
虎龍が手招きする。
「ちょうどいい。試したいことがあるのだ」
轟道はそれに応じる。
敢えて『縮地』を使用わない。
虎龍は待ち構えるでもなく、両腕を下ろした無防備。
加速ざまに槍が投げ込まれる。
だが、虎龍は避ける気などさらさらないとばかりだ。
次の瞬間、虎龍が取ったのは『真剣白刃取り』.......槍の穂を掴んでいる。
そして、槍を地面に落とす。
既に轟道が迫ってきている。
だが、虎龍は武器を下ろしたせいで腕が下がっている。
轟道から凄まじい猛撃が繰り出される。
虎龍が丸腰で受ける。
だが、遅れるように防御するわけでも、逃げるわけでもない。
ダメージは蓄積する。
まさか......そう。
虎龍の左腕が気配を消して、轟道の懐に忍び込んでいた。
(流石にずっと受けるわけがないだろう)
戦闘で蓄えられた直感が轟道を突き動かす。
地面を蹴って後退する。
さらに腕を中段に構える。
刹那、虎龍の化勁が貫かんとする。
しかし、右に置かれた中段の構えが、狙いの水月から拳を逸らす。
ただ、万事解決とまではならなかった。
今まで溜まった威力は轟道の手骨を崩壊させるのに十分すぎるほどだったのだ。
轟道の戦闘能力は本物。
ならば、一度見せた技に対策ぐらいはつけるはず。
それは相手への信頼。
だからこそ、虎龍は最初に『化勁』を攻撃ではなく、移動のために使っていた。
轟道の徒手を主にした戦法において、右腕の喪失は痛手。
それを分かっているのか、轟道は少しだって動かない。
いや、違う。
既に虎龍の首元に左手が添えられていた。
(我が気づけなかったのか!?)
虎龍が左に気を取られる。
瞬間、轟道の右の前蹴り。
だが、それを左の肉壁が立ち塞がる。
そして、その時には横腹に右腕が置かれている。
虎龍が咄嗟に前へ右肩を突き出す。
鎧を穿通する『鉄山靠』。
轟道はそれを左へ受け流した。
合気道を使ったのだ。
轟道が槍を拾い上げる。
虎龍がその場で回転し、轟道を向く。
今のは空手においての師であり、友の槌谷 北扇から教わった『虚実』だ」
「虚で誘い、実で撃つ......まさか、実物を見られるとはな」
虎龍は楽しくて、愉しくてしょうがなかった。
技と技でここまで張り合える者はいなかった。
ここからも現れないかもしれない。
そう思うと、愉悦に浸ってしまう。
刹那、轟道から槍が横薙ぎに放たれる。
轟道の腕に気配はない。
まるで友達の肩に手を置くように自然体である。
これこそが『虚』なのだ。
だが。
突如、穂先が崩れ落ちる。
轟道が柄の部分だけを持って振るのみ。
「なっ!」
轟道が腕を引く。
砕けた、その原因。
それは虎龍がさらなる破壊として右の『蛇拳』を繰り出していたこと。
「『虚実』自体は面白い。だが、その欠点は徒手における技術として確立したこと。武器への転用が不完全なんだ」
この3度目の攻撃にて虎龍は『虚実』の完全理解へ至る。
「お前に取っておいた最終兵器だったのだがな」
轟道は絶望さえしなかった。
この絶望を既に理解っていた。
『進世界』の話ではない。
それよりもずっと前、50年も前の話。
今と同じく槍術家だったのは間違いない。
だが、武術の達人と言えど実戦と言うのを経験することはほとんどない。
それなのに轟道はどこか、戦闘に慣れているようにも感じる。
空白の50年、どこか若々しい言動、その全てが謎である。
だが、今はそのことなどどうでもいい。
ただの争いなのだから。
「悲しまんのか」
破壊された槍のことを指しているのだろう。
「当然、悲しいに決まっているだろう。ただ先のは正直、賭けに等しかった。俺はそれに負けただけだ、事実を受け止める必要がある」
彼の言葉にはえも言えぬ重みがあった。
そして、轟道は握る柄を静かに落とした。
「全てを徒手で挑むつもりか」
「俺の真槍は良くやってくれた。ここからは俺の宿命だ」
轟道が駆け出す。
「王、下がっていろ。今から始まるのは終戦だ」
虎龍は腕に虎を、背に龍を宿していた。
同刻、神橋の緊急治療室にて。
そのベッドはもぬけの殻となっていた。
布団は荒らされ、赤色が少し滲んでいる。
それにリテロ含む看護師たちが気づく。
「どうしますか? 先生」
「本来なら引き留めたいところだけど......縫合にミスはなく、癒着もしてる。ここは行かせてあげよう。なにかあっても実験ができるしね」
リテロはこの異例の事態を笑って見逃した。
(俺は日本の結末を見届ける義務がある! 轟道さんが命を賭けてる中、寝ているわけにもいかない!)
今すでに戦争は終わっているかもしれない。
もしかしたら、虎龍や轟道が病院に運ばれているかもしれない。
それでも、歩を進めずにはいられなかった。
だが、いくら経っても着きそうにない。
彼の足取りは重くなる一方である。
本部までの路地裏。
助け人なんているわけがない。
腹から出る血をベルトで締めつける。
ただの姑息な手段だ。
その時、ふらっと神橋が倒れそうになった。
しかし......その左脇が固められていた。
神橋が左を見る。
そこには髭面の雄々しい黒人がいた。
「あなたは......」
神橋は重い目蓋を上げ、思い出す。
「誰だっていいさ。これは貸し借りじゃないんだ」
彼は監獄初期にてイタリア首相の護衛に腕をへし曲げられそうになった時、轟道に助けられた男『ウガンダ最強』である。
そのまま、彼らは居住地区の中央へ、地下の階段をゆっくりと降りていく。
少し奥で見覚えのある顔がいた。
「ん......っ!? 神橋さんか! 良かった、無事だったのか......おい、今すぐ扉を開けるんだ!」
田中が全てを察したように部下へ命じた。
その扉が重い音をさせながら、開く。
彼らが足を踏み入れる。
だが、たちまち神橋の息が荒くなった。
虎龍と轟道、2人の戦いは既に終わっていた。
勝利は明白だっ。
左脚を跳ね上げた体勢て止まっている虎龍と入口近くの石床まで叩きつけられている轟道。
「勝者、載 虎龍!」
瞬間、戦争が終結した。
こうもあっさり、と。
虎龍と王が去ろうとする。
その前に神橋が立ち塞がる。
「来るのが少し、遅かったな」
神橋から見た虎龍は巨大きかった。
「轟道さんが負けるはずないさ!」
「現実を知れ、痴れ者が。だが、轟道......彼は強かった。我に『脚勁』を使わせたのだからな」
「はい! 轟道さんはとても強かったですよ! 虎龍さんがおかしいだけなので......それでは」
数瞬後、2人の影が消えた。
その頃、『ウガンダ最強』が轟道を背負っていた。
「結果で左右しては駄目だ。過程こそが人の道筋なのだから」
そういって、男は轟道を神橋の背中に移した。
体から流れる血の温かみが神橋に涙させる。
そして、救護班が轟道をストレッチャーに乗せて運んでいく。
あんな生き生きしていた轟道が今では無機的に感じられる。
こうして、中国vs日本の決戦は終わったのであった。




