ゲン当主
ここは全てが派手。
赤い文字や壁色が目立つ。
赤い提灯もあるではないか。
中には金の色彩を持った飾りまである。
一番手前にある鳥居には「街華中」と書かれている。
そう、ここは横浜中華街。
雄二人はここで決戦を始めるのだ。
目の前には虎龍がいる。
左の親指と人差し指はひしゃげている。
筋肉も骨も疲労している。
「前会った時とは別人のようだな」
轟道が話を斬り出す。
「それに関する話は貴様の耳にも届いているはずだ。そんなことよりも審判はどうした?」
虎龍は依然、冷静。
眉を一つも上下することなく、虎龍は立っている。
「生死を彷徨っている」
「そうか。あの程度でくたばっているのか」
嘲るような言葉だ。
「名をなんと言ったか」
「虎龍」
「虎龍、俺はお前を許すことはないだろう」
無論、それは轟道の癪に障った。
急いで紫の刀袋から十文字槍を引き出す。
「構えは?」
「要らん」
「ならば、我も無防備で行こう」
挑発か天然か。
虎龍の頭に円満という言葉はないのかもしれない。
「では、横浜中華街にて。戦争を始めます......始めっ!」
最初のペースが後を呑み込む。
一体どう動く。
轟道はいつも通り、相手の出方を見る。
一方の虎龍。
彼もまた、不動である。
「なるほど」
轟道が不気味に笑みを現す。
「そういうこともあるだろうな」
虎龍は冷徹な眼で彼を見る。
そう、互いがカウンター型なのである。
初手では動かない。
「そっちから来るといい。俺は待つぞ」
「年長者の言葉に従おう」
瞬間、地面のコンクリートが爆ぜる。
その一足で轟道の目前まで跳ぶ.......いや、違う。
轟道も踏み込んでいた。
相対的に瞬間移動のように見えるだろう。
「狡いな」
十文字槍が右から左に走る。
「ズルくていい!」
その刃は確実に胸を捉えていた。
穂先が肉を喰らう寸前、彼の身体が回る。
『纏絲勁』。
回転の力で刃をいなし、そのまま遠心力を拳に乗せる。
当たった。
しかし、拳には蚊ほどに触れた感覚がするのみ。
双眸の中に轟道はいない。
『膝抜き』。
重力を利用した最速の落下。
槍が上を向く。
鋒が顎を貫かんと。
皮膚へと差しかかろうとした時、標的は半歩先にいた。
刃が過ぎる。
「失礼したな」
轟道の次の一手が止まる。
ゆっくりと腰を上げるが、血の舞う気配はない。
「どんな心の変わりようだ?」
「前に審判へ殺すと脅したこと、今回の煽り......この世界はそこまで温くないと知って欲しかった。と言っても、どちらも本心からやったことだがな」
「お前の戦争に対する思いは伝わった。まぁ、妥当だとも思う。それはそうとて許すわけにはいかん」
轟道の眼光は王の方まで届く勢いだ。
(なんだろう、あの人は......怖いけど、恐くない。優しさの中の怒りっていうか、怒りの中の優しさというか......なんて言ったら良いのかな)
王は赤い中華料理店の外の赤い柱に掴まって見ている。
「それで結構! 殺しに身を置いているんだ、そんなこともある」
虎龍が三歩後ろに下がる。
「では、俺から行こうか」
『縮地』。
相手との距離が一瞬にして消える。
構えていなかった左手が既に槍を振るっている。
だが。
虎龍が地面へ右脚をめり込ませる。
『震脚』。
その一脚は周りのコンクリートを、足場を、破壊した。
轟道の場の安定さが欠ける。
「ほう」
轟道が軽く跳ぶ。
刃の高さは奴の上胸に固定したままである。
「必要なのは大胆さではない」
虎龍が後退する。
それは歩くが如くゆったりと。
刃がすり抜ける。
まるで蝶のよう。
轟道の足が着地する。
虎龍にとって絶好の機会。
彼が1歩踏み込む。
(かかったな、虎め)
槍の勢いが止まる。
いや、そこから弧を描くように逆手に持ち替える。
瞬間、放たれたのは後世で燕返しと呼ばれた佐々木小次郎の秘技『虎切』。
先とは逆向きの銀閃。
その軌道が斬ったのは......空気のみ。
(なにっ!? 気づいていたのか!)
虎龍は更に前進することなく、ただ待ち構えていたこの時を。
轟道が刃を返す前。
(何かある)
虎龍に野生的な直感が降り注ぐ。
そして、全ての神経を目に注いだ。
更になんと、技を出させるため、わざと1歩だけ置いたのだ。
心理的誘導に加え、徹底的な間合い管理。
感嘆せざるを得ない所業。
刃の危機が遠ざかる。
刹那、虎龍が柄を左で掴む。
そこを思いきりに引き、轟道との距離を縮める。
轟道は咄嗟に武器を離す。
だが、その時にはそこを支点にして左脚を跳ね上げられている。
顔を狙ったハイキック。
それが衝突する。
しかし、顔に届く前だ。
なぜか。
その理由は轟道が、あの脚が顔に来ると絞り、苦肉の防御として左脚を上げていたからだ。
「素晴らしい反応だ」
互いの脛が交差する。
「ぐっ.......!」
しかし、轟道は脚の威力で虎龍に負けることを承知している。
だからこそ、敢えて逆らわずに左へ縦回転する。
それで衝撃を体から逃す。
否!
回ると同時に右脚で奴の脚を刈る。
「なっ!」
(脱力から得た回転を防御にかつ攻撃に変転する技! なんで、あの人があれを!?)
王が目をドギマギさせる。
図らずもそれは『纏絲勁』であった。
衝突後、すぐさま轟道が身を引く。
脚刈りを受けた奴のふくらはぎの布面に火がついたかのような跡が残る。
「称賛を与えよう。槍の射程はインファイターにとって最も忌避すべきもの。それなればこそ、獲りに行ったのだが......まさか、肉弾戦でも厄介とはな」
虎龍は静かに脚を下ろす。
「そうでもない。いっそのこと力自慢であれば相手をしやすいんだがな。技と技の殺り合いだとそうもいかん。じゃあここからは素手といこうじゃないか」
轟道は次へ備え、脱力している。
だが、
「なにを言う。我にこれは似合わん」
虎龍が左腕を上げて、なにかを投げる。
それは轟道に柄を向けた十文字槍。
(渡すだけでは終わるわけがない!)
瞬間、轟道の足元に槍がからりと地面に落ちる。
しかし、虎龍は静止している。
「なにをしている?」
虎龍は呆れているようだ。
「なぜ、来ない!」
「我の五体は殺しで汚れてしまっているが、これでも武人の端くれ。相手が万全な状態で死合いたい」
今まで冷気を帯びた言葉が人の心で溶けたかのように、それは温かった。
轟道も武に身を置いた人間。
槍をおもむろに握り、それに応える。
「万全で死合いたいか.......生憎、俺はお前のことを知らん。万全と言っても人それぞれだ。だが、一つだけ言えるのはお前は最高峰の武人であり、最大の敵だ」
轟道が1本の線が如く、槍を保つ。
宝蔵院流槍術において基礎中の基礎。
虎龍をただ待つ。
「それだけさえ分かれば......十分だろう」
瞬間、虎龍が音と化す。
彼の右足底が槍へ高速で進む。
(武器を返した上でその長所を潰す!)
これが武人の矜持と殺しの流儀である。
そして、この挙動、足で槍を蹴り上げ、その僅かな隙を突いて接近するつもりだ。
瞬間、槍が消える。
「なっ!」
その槍は振り上がっていた。
まるで虎龍を見下すかのように。
そして。
長大なる唐竹割りが落下する。
虎龍が前へ駆け出す。
しかし、槍の長さゆえ、押さえるには間に合わない。
ならば、と。
虎龍は右腕を頭上に置き、衝突から脳を守る。
「これはまだ、見せていなかったな」
この男が攻撃を受けた。
それ、すなわち......『化勁』!
受けた威力を体に逃がし、かつ、それを別の部位へ流して相手へ返す技。
(拳か脚か......でも、どちらにしてもあの人へへ飛ぶのは間違いない......!)
王がそう思案する。
だが、『最強』の思考は常人には捉えきれない。
虎龍は受けた力を右脚に流し込む。
ここまでは彼女の予想内。
しかし、使い方が違った。
その右脚が地面を踏む。
瞬間、辺りに亀裂が走る。
ガラスが如く多くのヒビが入っている。
着地している脚を左へ切り替えた刹那。
ドダッ。
地面に爆弾の音が走る。
轟道の目の前に虎龍がいた。
「......っいつの間に!?」
轟道の目を以てしても認識するのに程々かかる。
彼はようやく横へ回避に移ろうとする。
だが......遅い。
もう......鈍い。
加速の全てを乗せた右脚が轟道の鳩尾を穿つ。
轟道に為す術はない。
ただ、その衝撃を基に10m以上もの先のコンクリートへ轟道は衝突する。
「受け身を考案した人に感謝せねばな」
この致命の一撃をもらっても、轟道は生命を繋いでいた。
体を大きく開いた受け身。
これが功を奏したのだろう。
「脱力か......下手を撃っていれば死んでいたぞ」
虎龍はささやかに口角を上げた。
追撃をする様子はない。
「よっこらしょういち......ふぅ。もう俺の中が崩れそうだ。だが、虎龍よ。お前は俺を一撃で仕留められなかったことを後悔することになる」
轟道が槍を引き、腰を落とした。
それはまるで居合を構える剣客そのものだった。
そして、その刃は星のように輝いていた。




