ラシン盤
軍神の噂はボッフ・ステラとの戦いから監獄中に広がっていた。
今回の戦の結末は軍神の伝説を打ち砕くに等しかった。
そんな渦中でもグリロエは笑っていた。
彼は今、白塗れの病院の白いベッドで寝転んでいる。
「グリロエさん......なんで笑ってるんですか」
アメリカの審判は立って、グリロエを見ていた。
その涙袋は破裂しそうだ。
「軍ではな、俺を俺として見ていなかったんだ。軍神こそが俺だとな。お前だって昔はそうだっただろ? 負けたことは悔しいが、 軍神が負けて清々する気持ちがあるのも事実」
グリロエは起き上がる。
机の上から何かを手に取り、口にした。
お見舞い品の手羽元である。
骨ごとばりばりと食べる姿は鰐そのもの。
「死にかけなんですから、消化の悪い物を頼まないで欲しかったですけどね」
審判は腹を立てているようだった。
「悪い悪い。肉を食べた方が回復は早いんだ」
「同じアメリカの人ではありますけどね、漫画のキャラじゃないんですから......」
(なぜ、あなたは気楽にいられるんだ。アメリカを背負っている自覚がないからそんなことが.......!)
「次こそは勝つ、軍神を使わずしてな」
かつて軍神だった者は決意した。
過去の己を脱ぎ捨て、自分を解き放たん、と。
「グリロエさん......!」
その一言は審判の眼から汗を流させるには十分だった。
審判はグリロエの体を抱き締める。
分厚い筋肉は抱擁をすんなりと通す。
(どう割って入ろう......)
注射を手に持ちながら、それを遠目から見ていたリテロがいた......
一方、中国軍基地にて。
虎龍は目を閉じて、座禅を組んでいた。
軍官の怒号、部下の掛け声、木の的を撃つ音。
その全てを以ても、彼の集中を断ち斬るに至らない。
ただ、それを破ろうとする者あり。
「グリロエさんのところへ行かないんですか?」
眉を顰めている王である。
どうやら、機嫌が悪そうだ。
「なぜ、行く必要がある?」
虎龍がおもむろに瞼を上げる。
「万祝さんならば、顔を合わせることはないにしても、見舞い品ぐらいは......」
「死人の話をするな」
「なにを......二人は生きてますよ!」
「違う。戦争での敗北は......死だ。もし今回、我が奴の頭骨を割っていたら? その前の『ドイツ最強』がトドメを刺していたら?」
そのどれもが有り得た話。
同じく挙げられる万祝もムウ・リーディ、バブエ・カルダットに殺されていた可能性もあった。
「それは......そうかも知れないですけど」
王は虎龍からそっぽを向いた。
「敗北の度に国の全物資の一割譲渡。『最強』の交代により物資の三割が消える......中国はどれも経験している。今は次の試合のことさえ考えればいい」
「明後日......ですね。今回の傷、完全には治らないと思うんですけど」
虎龍の傷は致命に至らないまでも、数日程度では塞がらない。
「不調で結構。国を救うためなれば致命傷であろうと戦うさ。次に戦うのが日本だとしても」
次の戦争、それは中国vs日本である。
虎龍は少し前の日本対フランスにて、終戦後に暴れた怪物を止めるために轟道とは顔を合わせている。
「フランス戦では不慮の事故があったらしいですけど、それでも日本は三戦三勝無敗ですよ?」
「勝率など意味を成さない。ただの数字だ」
虎龍は立ち上がると、この基地から出るように去っていった。
(『最強』がどんな人であれ、私は応援してますよ......中国を)
王は静かに涙を零した。
その拳からなにかが零れ落ちたような気がした。
その頃。
ピーッ、ピーッ、ピーッ。
轟道は生命を維持する電子音を見ていた。
そこにはガラス越しに寝静まっている神橋がいた。
未だに目を覚まさない。
「轟道」
横に軍人の田中がいた。
「ああ、いたのか」
「ずっと前からな」
轟道はそれほど、神橋の身を案じているのだろう。
その足元には手に握っていたであろう赤いお守りが落ちていた。
「そうか......俺は、もう......誰にも目の前で死んで欲しくないのだ」
もう。
それは経験の言葉。
「そんな心境で言うのは悪いが、ルウェットが呼んでいたぞ。もちろん、道場だ」
その一言は轟道に離れる理由を与えた。
重い足取りで轟道は道場へ入る。
「ミスター轟道、遅かった......な!」
ルウェットが走ってくる。
だが、その右拳は固められていた。
瞬間、拳が放たれる。
「なにっ!」
轟道は困惑する。
当たるはず。
しかし......その拳は眼前で止まった。
「ミスター轟道、あんた勝てねぇよ」
拳を引く気はない。
「なにを言う?」
「神橋先輩のことは残念だがな、まだ死んでねぇ人間を悲しんでどうするんだよ。起きた時に迎えれるように笑っていこうぜ? なぁ」
ルウェットは右拳で轟道の胸を軽くど突いた。
「はっ......お前に諭されるとはな」
轟道は軽く笑った。
心の中がほっ、と軽くなったような気がした。
「あんたより苦しい奴はたっくさんいる。現に後ろにいるしな」
ルウェットの親指が指した方向。
『カナダ最強』エス・F・テータがいた。
なぜ?
その疑問の前にエスが出る。
「あなたが轟道か。初めまして、私は『カナダ最強』のエス・F・テータ」
「カナダ......ルウェットが世話になったようだが。なぜ?」
「私をあなたの弟子にしてください」
「はいはい、弟子ね......は?」
流れるように疑問符が浮かぶ。
「いやぁこいつ、武器に特化しててな。ま、槍ならあんたの方が強ぇんだが、全体の武器で言ったら......な。だから、槍を覚えさせたらもっと強くなるんじゃねぇかって俺が誘ったんだ」
「そうか。却下だ」
「ちょっ、ミスター轟道!」
ルウェットが轟道の耳元まで駆ける。
「交渉の余地はないぞ」
「いやいや......エスがいてくれたら、あんたも色々勉強になると思うぜ」
「要らん。俺は槍一筋だ」
「でもな......」
その時、ルウェットが離れる。
いや、離される。
「なにがあっても、駄目なようね。分かった、居候になるわ」
「あっ」
その手があったかとルウェットが感嘆する。
「ふん。勝手にしろ......要はこれだけか?」
「いや、俺と......エスに稽古をつけて欲しいと思ってな。良いウォーミングアップになるだろ?」
ルウェットの表情がパァっと光る。
「死んでも文句言うなよ?」
「死ぬ稽古ってなにさ......」
あのエスが目を丸くする。
「やってみたら分かる」
轟道が壁に掛けてある木槍を掴む。
(ルウェットなりに俺を気遣ってくれたんだろう。ならば......俺はそれを全力で受け取るまで!)
轟道はその思いを背に明後日、虎龍と争う。
さぁこの結果いかに!
勝利どちらの手に!




