カコの異物
載 虎龍。
若くして実力主義の載一族の現当主に成り上がるほどの猛者。
他の殺し屋一族と比べると、虎龍は異様である。
周りは武器や銃、なんだって使う。
殺しに遠慮などない。
だが、虎龍、この男だけは生来より鍛えてきた五体のみで戦う。
それは二〇〇〇年前にいた載の初代当主が関係していた。
グリロエとはまさに逆の存在。
元々、農家だった載を最強の殺し屋一家へ一代で築き上げた本当の怪物。
虎龍ですら自分は凡才だと思わざるを得なかった。
初代当主もまた、武器は一切使わなかったとされている。
初代当主の歴史は時代に受け継がれるとともに湾曲されていた。
水の上を走れるだの、空を飛べるだの、はたまた、彼の一撃は山を平地にしただの、明らかに嘘だと分かるものまである。
伝説の多さから実際にはいなかったのではないかと一族の者に言われる始末。
しかし、虎龍はその彼に憧れていた。
その強さに恋焦がれていた。
初代当主が偶像だったとしても、虎龍は彼の強さだけでも存在させようとしていた。
「グリロエ.....残念だ」
虎龍は両の拳を作り、頭をひたすら殴る。
その根源にあるのは失望。
グリロエの腕は抵抗すらしない。
こちらはひたすらに殴られる。
数十発叩き込まれた顔は原型を留めないほどに残酷な見た目になっていた。
拳を振り上げる度、血がまとわりつく。
「もう止めた方が......」
王がへっぴり腰で前へ出ようとする。
「いや、いい」
アメリカの審判は右腕を出して、王を止める。
(あいつはすぐに後悔する......グリロエさんの恐ろしさに)
「ガハッ」
グリロエはここまで受けていても、まだ意識が残っていた。
(俺はもう駄目みたいだ......)
しかし、その絶望は彼の意識を断ち斬った。
戦意はとうにない、わざわざ殺める必要もない。
言わずもがな、虎龍の勝利である。
だが、その時。
グリロエの本能が死を拒絶した________。
瞬間、グリロエが起き上がる。
その姿は先の姿と違って、痩せていた。
だが、その筋肉の密度は更に異常。
たちまち、辺りが闇に呑まれる。
一挙手一投足が死に繋がるプレッシャー。
その場の人間の鳥肌が立つ......否、立たされる。
恐怖、畏怖、戦慄、脅威。
どの言葉を以てしても、形容し難い。
今いるのはグリロエではない。
単騎で三万六〇〇〇人もの敵を殲滅した軍神である。
「貴様が軍神......初めましてだな」
友好的な挨拶とは裏腹に服の袖でその額の汗を拭う。
(はっ、これだからこそ、争いは燃えるのだ)
虎龍が不敵に笑いかける。
軍神は音もなく、銃と銃剣を拾い上げ、銃剣を先端へ装着する。
一刹那、軍神は間合いに侵入。
虎龍を袈裟に斬り下げようとしていた。
(速いっ! 加速と同時に攻撃か! これは堪えるな)
虎龍が左へ避ける。
だが、銃剣が地面に触れた瞬間、跳ね返るように斬撃が斜め上に飛ぶ。
「はっ!」
虎龍はその場で回る。
そして、左拳に円運動の『纏絲勁』を乗せる。
だが。
そこに軍神はいなかった。
彼は世界から消えた。
刹那、虎龍の左足から血が舞う。
そう、軍神は奴に気取られることのない速度で死角に潜んでいた。
ただ、虎龍とて『最強』。
跳び上がって、軽傷に済ませると同時に下にいる軍神の頚椎を踏む。
『脚勁』!
攻撃ざまに軍神の背後を取る。
だが。
(地面を使ってないとはいえ、『脚勁』の威力は相当......つくづく軍神だな)
軍神に脚が効いている感覚はない。
まるで水を蹴ったかのような違和感。
軍神は振り返る。
同じくして、右手から銃剣の斬撃を放つ。
虎龍が左手を突き出す。
このままであれば、手だけでは済まない。
判断ミスか。
だが、虎龍のした行動は予想外の一手。
刃が迫る。
速い、だが。
それを左手の二本指だけで掴む。
無謀。
この一言に尽きる。
しかし、その凶刃の時は止まっていた。
全身の振りをただの親指と人差し指で抑えたのだ。
(瞬間的なら万力は出せる!)
刃が砕ける。
ただ、力には代償が付き物。
親指と人差し指の骨が崩れた。
虎龍が後ろへ距離を取る。
(これじゃあ、俺たちも巻き込まれるなっ!)
(これが虎龍さんの本気......!?)
審判二人はそれを見て左右へ別れる。
「強い。だが、力はグリロエの方があったぞ」
(問題は攻撃に予備動作がないこと。ただ、それは貴様だけの特権ではない)
追い込まれた状況だと言うのに、虎龍は爽やかな顔をしていた。
対照的に整えられた髪は雑把である。
自然に人差し指と中指をV字にした蟷螂拳が左手へ構えられる。
「武術とは撫恤、すなわち弱者を助けるもの。貴様への憐れみであったのだが......今から我がするのは舞術、舞だ。容赦はない」
これこそ、奥の奥の手。
軍神は返事をするまでもなく、虎龍の眼前にいた。
剣を失った銃で突く。
(当然......貰う!)
虎龍が額で受けると同時に流して回転する。
瞬間、遠心力を付与した右腕の芯での横殴り。
軍神はまたもや屈んで避ける。
すると、左脚が静かに横へ動く。
軍神が異常なバックステップで逃げようとする。
しかし、左足が鎌のように軍神の右へ掛かる。
左足が地面を踏んだ瞬間。
そこを起点として右脚が跳ね上がる。
狙うは首。
だが、軍神がそれを左腕で受ける。
瞬間、虎龍の右手が軍神の喉を軽く喰いちぎった。
軍神は後ろへ跳び、距離を取る。
(所作が読み取りづらい......まるで、舞踊......!)
王が感嘆する。
舞のように自然。
全てが繋がる攻撃。
『ブルネイ最強』のファグル・アルマニアが近似的な技を使っていたが、それとは格が違う。
ファグルは一攻撃を一拍として繋げている。
だが、虎龍のそれは〇.五拍、八分音符として構成しているのだ。
ようやく、虎龍が盛り返した。
しかし、軍神の恐怖が潰えることはない。
ここだけ見れば五分五分。
しかし現実は無情。
今、追い詰められているのは虎龍である。
(移動すなわち攻撃......はっ、グリロエもあの時これと似た絶望を味わっていたのだろうな。過去の異物がここまでとはな)
彼の本能はグリロエと違った。
虎龍が取ったのは......嬉笑。
強者との戦いが胸を踊らせる。
虎龍が『進世界』に参加を表明したのは弟の敵討ちだけではなかった。
更なる強みへ導いてくれる存在がいるのではと思ったからである。
既に虎龍は舞を踊る気である。
軍神が銃を奴へ投げつける。
同時。
彼は虎龍の懐に潜り込む。
虎龍は優先順位を考える。
銃を取れば、右の鋭利な爪が。
軍神を取れば、銃の硬いボディが。
(ここでの最適解......それは落ちること)
虎龍の今いる位置は端。
そこから後ろへ跳ぶ。
だが......その場所に落下というシステムはなかった。
ただ空を描いた地面である。
(なるほど......嵌められた)
そう思ったところで軍神が止まろうはずもない。
だが。
虎龍は諦めなかった。
本当は空気であるはずの壁へ左足の踵をつける。
軍神が先に来る。
爪が来る......と思っていた。
瞬間、放たれたのは前蹴り。
(もう躱さない)
馬の蹴り上げの如く突き刺さる。
その威力に背景が歪む。
追い打ちに銃が額に弾ける。
彼は力なく倒れた。
かと思われた。
瞬間、今に受け止めた衝撃の全てを.......左足に注ぐ!
(これが最後の『化勁』だ)
一殺那、壁が崩壊する。
機械の断面が視認できる。
この力は虎龍の左脚を粉砕した。
だがしかし、その力は虎龍を弾丸と化した。
彼の速度は音を斬り裂く。
瞬く間に軍神に到達する。
ズシュ。
軍神の爪が虎龍の鼻を一文字に斬る。
眼を狙うつもりだったのだろう。
あまりの速さに焦点がブレた。
「さらばだ!」
虎龍が左拳を振り抜く。
これは決死の一撃。
しかし_____。
軍神はひらりと彼の右に躱す。
そして、銃を振りかぶる。
世界が止まったようだった。
いや。
虎龍だけがそれを逆らっている。
審判は硬直し、軍神が動かない。
虎龍に走馬灯が過ぎる。
ことはなかった。
本当に軍神が動かないのだ。
彼は腕を振り上げたまま、前へ倒れ込む。
いくら軍神に変わったとしても、損傷までなくなるわけではない。
彼の肉体は限界に達していたのだ。
なんとも呆気ない終わり。
だが、それでこそ戦争なのだ。
アメリカの審判が前へ出る。
右手を挙げた。
「えっとぉ......ごほん、勝者、載.......ん」
虎龍が右手でアメリカ審判の口を塞ぐ。
「そんなもの要らん。わざわざ、宣言するまでもなく、当人同士が理解すればそれでいい。それとも、敗者に追い討ちをかける気か?」
虎龍はその審判から離れていく。
「やりましたね! 虎龍さん!」
その時、王が虎龍の左手を両手で掴んで、握手のように振る。
「......指、折れてるんだが」
「あ、すみません!」
王があたふたして、離れる。
「もう、ここに用はない。退くぞ」
虎龍は男の審判へ視線を送り、去っていった。
王も彼について行った。
必然的にアメリカ陣営が残る。
「気遣われちゃいましたね......」
審判がグリロエを背負って、扉の方へ向かう。
「俺は昔のあなたに憧れてました。でも、今は......グリロエさんの方が好きですよ。あんなやつ、軍神を出さなくたって倒せるようにしましょう」
審判は満面に笑顔を咲かせた。
すると、グリロエが頭を頷かせるように見えた。
虎龍とグリロエの争いはこれにて幕を閉じるのであった......
だが。
時を同じくして、揺れる影があった。
場はドミニカ共和国に位置する研究所。
全面が白色に覆われていてソファやテレビ等があり、くつろぐスペースだと分かる。
そこで緊急事態が発生していた。
「ふんふふーん」
その隣の部屋にて、ガスマスクと白衣を身に着けた研究者が二つのコーヒーカップに紅茶を淹れる。
そして、それらを持って元の部屋に戻っていく。
「そろそろ、出発の時だな、我の最高傑作......アミニよ」
しかし、人っ子一人さえ見えない。
なんなら、頑丈に閉まっている扉がペシャンコになっている。
「ん......? あやつ、ここに来て脱出しおった!」
研究者は驚きのあまり、コーヒーカップを落として割ってしまった。
紅茶の湯気が研究者の靴を湿らせた。
その頃、スラム街に一人の少年が歩いていた。
肌は茶褐色で照り映えり、顔はあどけなさを残した幼いもので歳は中学生くらいに思える。
服は綺麗であり、独特な黄色の民族の模様が入った衣装を着ていた。
スラムであるというのに堂々と歩いている。
道行く人が困窮している。
毎日、食べ物を、お金を、生きがいを探している。
そんなところに前から一人の男が少年に立ち塞がる。
見るからに筋肉質、少年が敵おうはずもない。
ただ、身につけているのはズボンだけである。
「お前、その良い服よこせ」
その男が右ポケットからナイフを取り出す。
「いやだよ」
少年はそのまま、通り過ぎようとする。
右肩に何かが乗る。
奴の重い手だ。
「素直になったら殺さないでおいてやる」
ナイフの鋒が少年に向く。
「君......人殺したことないでしょ」
少年の赤い目が男の心を見透かす。
少年は静かに前へ去っていく。
その背中は丸腰だ。
(ガキに嘗められてたまるか。やってやる......!!!)
ナイフを勢いよく突き刺した。
はずだった。
凶刃が砕かれる。
あどけない背中に触れただけで。
そして、血の一滴も落ちることはない。
瞬間、男の顔面が陥没する。
そして、力なくその場に崩れ落ちた。
その間、彼は依然、背を見せたままだった。




