シ旋
「武器はこれだけではないんだよ」
グリロエが左の足で地面を踏み割ると、流れるように拾い上げ、投げ始めた。
「お前も使えるのだな」
だが、音もなく目の前にいる。
虎龍は右足で同じように地面をふ踏み砕く。
『震脚』からの右の『発勁』。
「読んでる」
グリロエは拳が来るであろう位置に加速させた左拳を向かわせる。
瞬間、拳が互いに衝突する。
(普通なら返ってくるわな。だがな、すぐに引いたらどうなんだ?)
グリロエが左腕を下げ、右サイドに回り込む。
彼の疑問はすぐに解かれる。
虎龍の右拳は割れていた。
流した力はどこかへ当てなければ、暴発する。
「なるほどな」
グリロエは攻撃ではなく、敢えて横へ跳んで距離を取った。
「全盛期ではない。それだけだな、悔やまれるのは」
「はっ、冗談きついな。俺は現在が全盛期だぜ。一回だって、衰えたと思ったことはねぇ。今、俺の手にあんのは軍人時代には持ってなかったものなんだぞ?」
グリロエの空気が戻る。
「軍人ごっこはもう止めたのか」
「俺は農家だ! なら農家らしく行こうじゃないか!」
ただ!彼の闘気は更に燃え上がっていた。
(農家らしく?)
(農家らしい戦い......?)
審判は惑う。
「農家らしく......か。その気持ち、分からないでもない。我の先祖は殺しを始める前に農業をしていたそうだしな」
虎龍は腕を組む。
農家らしい戦争なんて誰も分かったものではない。
「そうなのか」
「今の農業なれば......ドローンでも使う気か」
「俺はな、農薬を撒くのは好かねぇんだよ。やっぱ、無農薬こそ男だろ!」
いよいよ意味が理解できない。
グリロエが審判に当たる寸前まで足を下げ、走る。
その速度は陸上選手さながら。
(打か斬か)
否、答えは両方である。
グリロエは駆けながらに銃から銃剣を外し、銃本体を左へ、銃剣を右に持ち替えた。
瞬間、虎龍に熊のような力の打と斬が襲いかかる。
絶体絶命である。
だが......刹那、グリロエの鳩尾に突き刺さる。
虎龍の右脚が。
あの筋肉の塊がなにもできずに後方へ吹き飛ぶ。
落ちそうである。
左足に踏ん張りを効かせてなんとか耐え抜く。
「なんだ? 腹が裂けちまったな」
グリロエの鳩尾付近から銃弾で撃ち抜かれたみたいに血がしとどに落ちる。
「これを出さねば貴様は倒せんと判断した。『脚勁』......我がオリジナルだ」
グリロエは虎龍の奥の手を引き出すに至る。
「お前......元々、脚主体だろ? 攻撃は」
「ああ、そうだ。戦争とは個々の強さや武器で争うものであるが、情報も立派な武器。奥の手を使ってそれが対策されれば、こちらとしてもかなり痛手。できたら、使いたくはなかったのだがな」
虎龍の眼光が鋭くなる。
それはまるで猫のように鋭利であった。
「出し惜しみして、負けたら終わりだぜ? 使えるものは全て使うべきだ」
「じゃあ、貴様も使うといい。その心内に潜む軍神を」
虎龍は知っていた。
ボッフ・ステラとの争いで現れた過去の残滓。
それが軍神だと。
(ボッフさんを殺しかけたこと、グリロエさんはああ見えて後悔してる。それをほじくり返すか......!)
アメリカ審判は今にでも手を出しそうなほどであった。
拳に力を込め、なんとか我慢する。
血が滲んでいる。
「へぇ、新人の癖に知ってるんだな?」
(手の内は全て知られてるって思った方がいいな)
グリロエの体が縮こまる。
恐怖ではない。
筋肉を固め、いつでも迎え撃てるようにしている。
「使うのか? 使わないのか?」
虎龍は着実にグリロエへ歩を進めていく。
おもむろに歩み寄っていく。
「後のお楽しみってぇことで......」
グリロエが武器を捨てる。
銃を、銃剣を。
軍神の名残を捨て去った。
ひゅ。
グリロエは既に虎龍の懐にいた。
両腕をハサミのように大きく開く。
(まともに受ければ......死ぬな)
虎龍が右足で彼の右膝へ蹴って、後ろに下がる。
「これはどうだい?」
グリロエの鞭のような左腕が放たれる。
速い。
虎龍は空中。
躱すのは困難。
一条の傷が右頬に走る。
「なるほど、貴様も五体が武器か」
武器を持っていたのでよく見ていなかったのだろうが、グリロエの爪もかなり尖っている。
十本の独立するナイフが彼には携帯されている。
突如。
グリロエの眼の奥が漆黒に染まる。
獲物を捕らえんとする鰐のように。
「『死旋』」
彼が左手を上へ、右手を下へ。
ただの手と爪が鰐の開いた口へ変化する。
待ち構えている。
相手が来るまで。
ずっと。
(これは軍神では持ち得ぬ技だろうな......面白い)
虎龍が歯を出して笑みを放つ。
左脚を直角、右脚を後ろへ伸ばす。
そして、左手を前に出し、右拳を引く。
(この異様なまでの圧力......私まで喰べられそう)
(これは一番喰らいたくねぇな......)
審判まで緊迫する。
動き出したのは載 虎龍。
瞬間、右拳が突き出される。
軌道は蛇のように読めない。
体の全てを旋回させ、力を加速。
最高速度の『発勁』。
鰐vs蛇。
捕食するのは......ぐちゃり。
鰐だ。
鰐の上顎が一気に閉じられ、両の歯は蛇の胴を噛みちぎろうとする。
肉は弾け、血に塗れる。
だが、突如、彼の右脚が跳ね上がる。
それは的確に鰐の上顎を撃ち抜いた。
瞬間的に蛇が右へ体を回転させ、致命傷ながらもその歯の牢獄から抜け出した。
虎龍の蛇はもう使い物にならない。
同じく、グリロエの上顎はあらぬ方向へひしゃげている。
「はは、お前の腕を喰ってやったぞ」
「貴様の一本と我の一本では重みが違う。貴様は四肢のうち二つがもう戦力にならぬではないか」
グリロエの左腕と右足に大きな損傷。
対して虎龍は未だ右腕のみ。
「俺への戦力外通告はご法度だぜ?」
破壊された左腕を横へ振るう。
腕の芯はまだ使える。
「我も」
虎龍が右腕を顔の位置まで上げる。
壊れた左腕が衝突する。
だが。
その時には左拳がグリロエの右横腹を穿っていた。
更に拳から親指を突き出して、奥を刺す。
「お忘れか? 化勁を」
「ファック......!」
グリロエが我を忘れて、必死に後退する。
彼の鉄壁のような肉が次々と貫かれていく。
その現実に目を背けそうになっていた。
「もう手は残されていないか」
虎龍はおもむろに近づいていく。
憐れむかの如く、静かにだ。
(勝機を探せ......打撃や斬撃にはカウンター、ヒットアンドアウェイと刺突は有効。だが、左腕は負傷、逃げる足も弱っている。近距離は不利、中距離でもあいつには脚がある、遠距離は石のみ......これって......)
グリロエの眼が見開かれる。
理解したのだ。
虎龍との埋めがたい圧倒的な戦力差を。
呼吸が荒くなる。
虎龍が一歩、一歩と進めていくうちにグリロエの心は一つのものに満たされた。
恐怖。
自分の力がここまで及ばない相手がいるのか、と。
体が震える。
「低体温症か? 気をつけた方がいいぞ」
虎龍の全てが邪悪に見えた。
グリロエは極限まで追い込まれる。
そして、彼の防衛本能が選んだ選択は......硬直。
鶏は目の前に線を引かれると敵に襲われたと思い、しばらく固まるという。
グリロエの身にも同じことが起こったのだ。
「良き戦士だった。安らかに眠るといい」
虎龍の眼には暗闇が広がっていた......




