リュウと虎
ここはほんのり赤い。
全てがほんのり赤い。
砂も立ち並ぶ岩々も。
アメリカに位置するモニュメント・バレーより。
そのうちの岩石の上に四人はいた。
落ちれば......終わりだ。
《グリロエ、気に入ってくれたか》
この声はアメリカ大統領のものだ。
「最高だ。遠くから応援しててくれよ、大統領」
グリロエは持っている通信機器の電源を斬った。
その右手には分厚い黒のボディを持った銃剣が握られている。
向かいにいるのは中国の殺し屋 載 虎龍。
「貴様がアメリカ史上最強と謳われた軍人か」
冷徹に見つめる。
「昔の話だ」
「そうか......早く始めろ」
虎龍の静かな圧が審判の警笛を鳴らす。
「「これより、二人の戦いを始めます! すぅ......始め!!!」」
二人が同時に開戦させる。
(逆らう気なんてなかったけど、逆らえなかった)
(強いとかじゃなく、やべぇ!)
審判らから汗がだくだくに流れる。
グリロエがおもむろに虎龍に近づく。
その銃剣はとにかく鋭い。
一方の虎龍からは動く気配がない。
その爪もとかく鋭かった。
「ふんっ!」
グリロエの間合いに虎龍が入る。
瞬間、銃剣が薙ぐように牙を剥く。
しかし。
気付くと、虎龍はそこに居なかった。
斬撃が通ったはずの左へ居たのだ。
そして、
「『寸勁』」
ゼロ距離からの圧倒的な打撃が刺さる。
グリロエは威力で半歩引く。
「こんなもんか?」
「頑丈だな、アフリカゾウかと思ったぞ」
突如、横の銃剣が縦に斬り替わる。
「隙が大きい」
それよりも速く、虎龍の前蹴りが刺さる。
そこは男において随一のね。
だが、銃剣は止まらない。
黒のボディが彼の構えた両腕に直撃する。
彼の一撃は骨をも砕く。
はずであった。
地面が少し割れる程度で虎龍は耐えていた。
(あれはまさか......万祝さんが言ってた......)
『化勁』!?
中国武術においてその威力の方向へ力を受け流す高度な技術である。
虎龍がたちまち、左腕を残したまま前へ出る。
右拳を土手っ腹へ撃ち込む。
グリロエが腹筋を固める。
先程とは違う、凄まじい音がなる。
「グッ......」
あの肉ダルマと言っていいグリロエが、吐血する。
元軍神は下がる。
「困惑しているな。無理もない」
虎龍の心は冷めきっていた。
「自慢じゃねぇが、俺の筋肉はそんな簡単に破れねぇはずだ」
「警告として教えてやろう。先はお前の威力を受け流し、それを腕へ放出させただけだ。俺への攻撃は即ちカウンターとなる」
虎龍はゆっくりと寄る。
そこに一切の音はない。
(ボッフのような暴れるタイプじゃねぇ。冷静に戦場を見つめるタイプ......やりづれぇ、だが、それでいい)
グリロエが満面に笑う。
「ウォーミングアップは終いだ」
グリロエは高級な輝く黒の服をぶちぶちと破り捨てる。
そこからは金剛石のような筋肉が顕になる。
「中国の歴史でもそこまでの密度は見たこともない」
虎龍の表情が変わることはない。
「おらよ!」
グリロエはのっそりとした動きながらも全てを粉砕するような右の前蹴りが飛ぶ。
それを両手を重ねて防ぐ。
だが、衝撃は逃しきれない。
虎龍は落ちる寸前まで体を引きずった。
ただ、その破壊力でも両手は壊れてはいない。
「チッ」
(あいつ、攻撃を受けながら足の指を折りやがった......やりやがる)
靴の上から破壊したというのか。
なんという器用さ。
グリロエは右足の重心を踵に置いた。
「お前ほどの硬さ、かつ、鈍間であれば中国武術の全てを叩き込んでやれるかもしれん」
今行ったのは『擒拿』、末端や部位を砕く厄介な技術である。
「こっちだってな、別に技術がねぇわけじゃねぇぞ」
(ま、大体は忘れちまってるがな)
グリロエが地面を踏み抜く。
虎龍も同じく、前へ駆ける。
「ふんっ!」
グリロエが銃剣を投げる。
しかし、それはその場で回転する。
グリロエは取手として刃を掴むと、そのまま振り上げた。
その手から血が垂れている。
(『化勁』で受け流せば落ちる。なら......飛翔!)
虎龍は跳び上がると、跳ね上がってくるボディを踏んでグリロエの背後へ降りる。
(はっ、騙されたなぁ? この場所は落ちやしねぇよ。ただの錯覚にすぎねぇ)
グリロエが振り返りと同時に銃剣を上から落とそうとした。
ズブッ。
グリロエは必死に銃剣を振って、虎龍を追い払う。
その背中は背骨に沿うように一つ穴が空いていた。
虎龍の右親指は血で濡れていた。
「そうか。お前らは全身凶器だったな」
なにか知っているような口振りだ。
「載をご存知だったか」
「お前らもあの時のテロに遭ったはずだ。俺も前線で戦った。だが、そこで妙な情報を聞いてな、中国では武器も持たずにテロを制圧した載一族がいるってよ。ずっとタイ人かと思ってたが、ようやく分かった」
グリロエの笑みははち斬れんばかりの狂気であった。
「殺し屋たるものあまり知られるべきではないのだがな。我も貴様もことを知っている。できれば、全盛期のお前と殺り合いたかったものだ」
虎龍が珍しく饒舌だ。
それほどまで全盛期の軍神は凄まじいということだろう。
グリロエ・ジョーズは過去において最強の軍人と称えられていた。
しかし。
今ではその面影は持っている銃剣ほどしかない。
『進世界』が開かれる少し前、グリロエは......畑を耕していた。
手伝いなどではない。
農家として彼は働いていた。
なぜだかは分からない、だが、結果はそうなっている。
全盛期の頃の細かった体はみるみるうちに太くなっていき、まるでトラックのような重厚感を帯びていった。
ただ、大統領はそれを見逃さなかった。
いくら農家とはいえ、国の最高戦力には変わりないと信じ、同じく『最強』候補であった人物と対戦させた。
その『最強』候補、それは当時最強と名高かった退役軍人のレスラー。
陸軍での格闘術を組みに応用した独自の技術で敵を翻弄することで有名だった。
しかし、グリロエはそんな者を相手にしても、その圧倒的なパワーとタフネスで相手を一方的に追い詰め、軽傷で勝った。
かくしてグリロエは『最強』なるべくして成ったのだ。
グリロエが持ち手を元に戻す。
「そういえば......攻撃イコール、カウンターだと宣ってたが、斬撃には対応できんのかい!?」
グリロエは奴へ駆けざまに右で掴む銃剣を抱え込むようにして横へ振る。
虎龍のヘソへその刃が通る。
と思われた瞬間、虎龍が刃と同速で逆時計回りに回転し、前身とともに右の崩拳を繰り出す。
(『化勁』とはまた違うがな)
『纏絲勁』、円運動に気を乗せたもの。
その崩拳は見事に丹田へ突き刺さる。
威力はまるでダイナマイト。
......だが、グリロエは引かない。
丹田には大きな痣が出来上がっているというのにだ。
「これを待ってた!」
グリロエは左手で虎龍の右肩を掴む。
(蹴りか)
虎龍が跳んで離れようとする。
しかし。
元神の膂力はそれを許さない。
グリロエが頭を引き......そのまま、奴のど頭に衝突させる。
グジャンンンンン!!!!!
自然界では聞くことのない破壊音が鳴り響く。
先のがダイナマイトならばこちらはミサイル!
(グリロエさんの頭突き......喰らいたくねぇ......てか、死んでるだろ、あれ)
アメリカの審判は悶絶する。
(虎龍さんと言ってもこれは......)
王ですら諦めかけている。
グリロエが頭を上げる。
その額にはべったりと血がついていた。
ただ、なぜか虎龍から手を離し、後ろによろめいた。
かたや、虎龍は生きていた。
あれほどの威力を受けていて、額からの傷はいくつかの血が零れるのみで抑えていた。
「これも駄目たぁ、やるな」
グリロエが嘆く。
「咄嗟の判断力がなければ、死んでいたろうな。流石だ、グリロエ・ジョーズ」
虎龍はあの刹那。
頭が来ることに気付き、すぐ頭突きを敢行。
そうすることで衝撃を軽減。
更に瞬間的に『化勁』で力を受け流し、相手へ返したことで軽傷で済むこととなったのだ。
「だが、やはり足りない」
グリロエの口調が大人しくなる。
「なんの話だ?」
虎龍は冷静に訊く。
「こんな攻撃では俺を殺れないぞ。飛んでいる龍を虎が地上で噛もうとするみたいに無意味なんだよ」
グリロエの真価はここからだった......




