ゲンダイの侍
エスとルウェットの戦線が終了する中。
ある神社にて向かい合う二人がいた。
鉄壁の防御と鋭利な攻撃を誇る叉都 轟道。
音速を超越せし男シャルル・レスタである。
そして、この神社というのは。
京都に位置する。
伏見稲荷大社だ。
現在いる場はその本殿前。
完璧なまでの丹塗りと日々を繰り返すことで強固になる木組みが魅力である。
「あまり、爺さんはいじめたくないもんだ」
(隙がないな......グライですら多少はあったぞ)
シャルルがフェンシングの構えを取る。
右手にはサーベル剣が握られている。
右を突き出し、左を引き、足を相互に垂直へ置く。
「それはこっちのセリフだ」
(だが、あの淀みない構えを見ると、少し不安になるな)
と言いつつも、轟道は笑みを浮かべる。
紫の刀袋から十文字槍を手に取る。
そして、その槍を前に突き出す。
構えだ。
神橋が轟道の背から前に出る。
「では、これより伏見稲荷大社にて。『フランス最強』シャルル・レスタ対『日本最強』叉都轟道の戦争を始めます......始め!」
神橋の右手が下ろされる。
瞬間。
轟道がバックステップを踏む。
刹那。
それでもなお。
彼の胴に銀剣が浅く食んでいる。
それは槍の穂先が及ばない僅かな距離感であった。
「なるほどな、剣が見えん」
轟道は反撃に転じる。
十文字槍が微かに左へ流れる。
「お褒めに預かり光栄だね」
シャルルが右腕を引く。
サーベルを縦に挟み込んで、威力を殺した。
と、思われた。
しかし、実際にはシャルルの体が徐々に左へ寄るばかりである。
(この爺さん、なんて力だよ)
シャルルの全力ですら吹き飛ばされずにいるのがやっと。
「老耄だからと油断したな」
轟道が槍を下げて、突きを敢行。
その速度、神速の域。
シャルルが彼から見て右へ低く跳躍。
何とか難を逃れる。
しかし。
その刺突は薙ぎに変化する。
シャルルがしゃがみながら、後ろへ退く。
初動にして、高度な戦争である。
これを観戦し、神橋は驚愕でしかない。
(なんだこれは......リテロさんやルウェットさんとの戦いでは経験したことのないものだ......これは技術同士のぶつかり合い!?)
そう。
リテロとの戦いでは知識、ルウェットとの戦いでは肉体の力が轟道の技術と対峙していた。
だが。
今回は違う。
現代スポーツの磨き上げられた技術と実戦の洗練された技術の争いなのだ。
シャルルが再度。
フェンシングの構えを取る。
(正面から受けるのはまずい。あの剣速は俺の突きを越えている......)
轟道が珍しく、額に汗を流す。
それほど、緊張感のある男ということだろう。
瞬間、シャルルの剣が加速する。
轟道の視界から剣は消える。
(ならば......)
轟道は構えることなく、身に任せた。
すると。
ゆらりと下がった彼の腹の寸前で剣が止まる。
「なにっ......!」
轟道が左手で剣を掴んでいた。
そこから、血が零れる。
「掴めばいくら速くても、関係ないだろう」
轟道の右手に握られし十文字槍が跳ね上がる。
「片手なら威力は弱いだろ」
最大速度に達するより前にシャルルが左腕を盾に突進する。
と、彼の肉に右鎌が喰らいつく。
しかし、シャルルの予測通り、威力が弱い。
その表面を深く削るのみで止まる。
「これでイーブンだよな」
互いが膠着へもつれ込む。
「いや、俺の間合いだ」
が、轟道の左腕が振り抜かれる。
既に轟道の手からサーベルが抜けている。
すかさず、シャルルが銀閃を繰り出そうとする。
刹那。
轟道の左の連撃が彼の一挙手一投足の全てを潰した。
シャルルが押される。
瞬きの間。
シャルルが突きを乱発。
それはまるで嵐のようだ。
数度の攻撃が轟道の防ぎに構えた左腕を貫く。
数撃。
また数撃が。
左腕を赤く染める。
完全な加速と行かずともその速度はトップクラスである。
(もうそろそろ、慣れてきただろ。なら......これには引っかかる!)
シャルルの剣筋が刺しから弧を描くようにして、斬撃となる。
しかし......
「読んでいる」
彼の眼光は鋭かった。
剣が通るときには既に腕は消えている。
そして、轟道の姿も消えていた。
だが。
下から凄まじい剣圧が迫る。
(まずい!!!)
すかさず、攻めの刃を守りとする。
ガキーン!
激しい金属音とともに衝突。
すると、シャルルの体が上空へ打ち上げられていた。
その高さは二メートルに達するだろう。
そこから極限まで屈んだ轟道が見える。
(あれは......俺との手合わせの時にやったものだ......!)
神橋が困惑する。
この光景が一度見たものだったから。
そして、悟る。
これが轟道という男なのだと。
シャルルが軽々と着地する。
轟道との距離がかなり空いた。
シャルルは構えるでもなく、腕を下ろした。
「なぜ、追撃を入れない......!」
彼の腕が震える。
「お前が手を抜いているからだ」
言いながらに、酷使した右肩を左で揉む。
轟道も槍を下げているのが目に映る。
「俺は手加減など、一切しない!」
シャルルの左手が自身の心臓を掴まるとするようであった。
「なら、なぜ......上しか狙わない」
幾ばくかの沈黙が流れる。
「相手が槍とはいえ、いくらでもやりようはあったはずだ。股関節を突くだの、太ももを貫くだの、足を斬るだの......まぁ、俺に通用するとは思えんが」
轟道がその箇所に指を指していく。
「轟道、あなただって狙っていないだろう」
「それは話の誤魔化しだ。少し前の剣戟の間でこのことに気付いた。だからこそ、俺はお前を見習って、足の狙えるところでも、わざと別を狙った」
轟道に悪魔のような笑みが張り付く。
「俺の今までの人生そのものだ。嘲ることは許さない」
シャルルが戦闘態勢へ入る。
いつでも、突ける。
「お前、戦争はこれが初めてか?」
「これで二回目だが、それが?」
シャルルはこの問答を憤ろしく思っているようだ。
「......戦を知った者が、まだ人生にしがらを持つか」
轟道の眼はなにかを捉えていた。
「黙れ......」
「更には攻撃も一辺倒ときた。突きと斬りのみ......だ」
「黙れ......!!!」
瞬間、シャルルが眼前に潜り込む。
その剣先は当然見えない。
(恋と戦は同じだ、なにもかも見えなくなる)
「三度見れば嫌でも分かる」
彼の痛烈な横薙ぎが走る。
そして、それがシャルルの攻撃を弾く。
なんとか放さずにいたサーベルを正中線に戻そうとする。
しかし。
その時には轟道の槍が襲いかかってきていた。
シャルルは必死に体を右に捻った。
(惜しかったな、轟道!)
その回避行動がシャルルの攻撃に繋がる。
「槍は過ぎ去れば鎌となる」
轟道の槍が引かれる。
その穂が横から縦へ起き上がる。
狙いは右肩だ。
(なるほど、流石だな......)
シャルルは諦める......いや、感嘆していた。
古来より突き詰められた武の美に。
彼の右肩の肉が抉り取られる。
シャルルがぐったりと前へ倒れる。
「流石に継続はきついか」
轟道の槍先がいつでも命を狩れるようシャルルの頭部近くで待機している。
(できれば、使いたくはなかったが......致し方ない)
「......出てこい、『怪物』」
途端、シャルルの心臓がドクンと飛び上がろうとする。
ドクンッ。
心臓は動悸する。
ドクンッ!!!
瞬間、シャルルが地面を両手で押して、右の本殿前へ逃げる。
(おかしい。シャルルにそこまでの力はない)
「誰だっ!」
轟道が叫ぶ。
その本殿を背にする男が顔を上げる。
と、そこにはシャルルなど居なかった。
顔のどす黒く染まった別人であった。
「俺はァ......神の子だァ」
その圧力は正しく異常。
その姿は明らかに異様。
シャルルの中で封印されし戦士が今、解き放たれる。
(胃がひっくり返るようだ......)
本殿の右脇にいる神橋がその場でうずくまる。
怪物の圧に押しつぶされようとしていた。
言わずもがな、ここからの戦は先以上の死闘である。
果たして。
どちらが勝杯を汲み上げるのか。
それは誰にもわからない。




