センボンの紅
(どう動く......? 予想もできん)
轟道は静かに槍を彼の方へ突き出していた。
そうして、防衛ラインを敷く。
「行くかァ」
怪物がぬるりと前へ。
轟道との距離が一瞬にして消える。
剣は無論なのだが、本人自体の速度が跳ね上がっている。
剣が彼に届く前に刃が上へ行き、そこから落ちる。
(速い......が、間に合う!)
轟道が槍の柄で受ける。
しかし!
そのあまりの重さゆえに彼の足が石畳にめり込む。
(なんて重さだ......ルウェットには劣るものの速度も相まって厄介だ)
柄の丸みで刃を下に流すと、後退した。
刹那。
怪物の刃が急速に起き上がる。
そして、その剣は轟道を逆袈裟に斬り上げる。
ただ、幸いにも浅い。
(この力とこの剣速......このままやっても、こっちが痛手を食うのみ。となれば......)
轟道が後ろにある階段を向く。
(逃げる!)
そして、その階段を下に着地するよう跳んだ。
更に右の道を走り行く。
「逃がすかァ!」
地面を踏み抜いて、怪物も行く。
この光景に神橋は呆然としていた。
(なんか見た事あるぞ......これ)
神橋は頭をポリポリと掻く。
走り出して、二人の軌跡を辿る。
轟道は色々なものを通過していく。
柳のように垂れる桃色の花木を目印に右へ曲がり、鳥居を抜ける。
二つの社と一つ宮を尻目に祭場を潜る。
そんなところで足を止めた。
数秒して怪物も追いつく。
「諦めかァ?」
怪物がサーベルを構える。
だが、その姿はシャルルの猿真似のように映る。
「やはり、死ぬ前にこの景色は見た方がいいと思ってな」
轟道の背には千本と見紛うほどに立ち並ぶ紅色の鳥居であった。
その名も千本鳥居。
「なら、諦めかァ」
「違う。お前のことを言っているのだ。死ぬ覚悟はできているか。存分に死地を堪能するが良い」
轟道が槍の穂を後方に置いて、居合を展開する。
その間合い。
即ち、死地と。
「音にィ、光にィ......死があるとォ?」
そういう彼の剣が瞬時に放たれる。
今度は突きだと思える。
刹那。
二つの刃。
それが相容れることなく、互いの肉を食った。
怪物には丹田付近に横薙ぎが。
轟道には右肩に刺突が。
やや、傷は怪物の方が深い。
リーチの差だろう。
(ここからだぞ。面白いのは)
その時に轟道がその鳥居に紛れ込むように姿を消した。
怪物は血をしとどに垂らしながら、鳥居へ向かう。
しばらく、怪物が彼を捜索し、ある鳥居を潜ろうとした。
シュキンッ。
鳥居の朱柱に一本の裂傷が走る。
次の瞬間、その裂け目から十文字槍の穂先が蛇のように滑り出た。
反応。
怪物は右へ仰け反ったおかげで左脇腹に軽い傷を負うのみであった。
鳥居と鳥居の間から、轟道が怪物の後ろに現れる。
槍は柱に貫通したままだ。
丸腰である。
武器がない分、ただ速い。
既に怪物へ右拳を繰り出している。
怪物が察知し、後ろを向く。
この体勢だ。
受けるか、避けるか、はたまた逃げるか。
否。
怪物はそれを呆気なく、左で掴んだ。
まるで受けるではない。
(威力が流された......!)
気づいた時にはもう。
右から袈裟に深く斬り取られていた。
轟道が決死に鳥居に隠れる。
(今、分かった。あやつは技術を使うのではない。人の本来の本能と戦闘の勘をなんとなくで操っている)
人が捨てた本能が人の得た技術に抵抗しているのだ。
いや、少しばかりは本能が優勢か。
傷の重さがそれを物語っている。
轟道は槍を手元に戻す。
(武人として外からちまちまやるのは性に合わんが......)
彼が槍を振るわんとした。
その時。
メキメキメキ......!
少し奥から乱雑に柱に亀裂が走る。
斬るような音ではない。
無理やり壊すが如く、不快な響きだ。
(もったいないな)
その光景を眺めながら、轟道は黒い袴の下を千斬り取る。
そして、それを負傷した左腕と腹に巻きつける。
袴の下にある脚は老体とは思えないほどに筋肉が蓄えられていた。
少しもしないうちに鳥居がドミノのように奥からある地点まで倒れていく。
両方の柱を斬ったのだろう。
これで神の通り道は塞がった。
もう神頼みは通らない。
そんなところに神橋が間に合う。
「なっ......どんな状況ですか、これ」
轟道はその言葉に振り返らなかった。
ただ、右手でこれ以上近づくなと合図をした。
押し潰れた道から怪物が這い出てくる。
「疲れたなァ」
と言いつつも、ぬるりと前に加速。
重い剣撃が振り下ろされる。
(受けは通じん。流しも利用される......ならば)
轟道が相手の右腕へ横に薙ぐ。
武器の射程は十文字槍が勝っている。
となれば、怪物は腕を斬られまいと食い下がる。
その槍は空を斬ったが、どちらも傷を負っていない。
(攻撃こそ最大の防御だ)
轟道がニヤリと笑う。
「ならァ、お前の真似でもするかァ」
怪物が振り返らずに強力な踏み締めで無事な鳥居へ姿を消す。
(お前が潜んだとて、その異様な圧ですぐに分かるわ)
轟道は冷静に後を追い、千本鳥居に入る。
そして、異質なオーラを頼りに迫る。
しかし、その瞬間。
(ん、なんだ圧が......)
彼が顔を覗かせる。
すると、そこには怪物。
違う、シャルルがいた。
既に最速の刺突へ構えている。
「やられた」
その突きは轟道の雑把な防御をすり抜け、丹田を破壊する。
この傷は深い。
(まさか.....轟道さんがそんな......いや、まだだ!)
神橋が両拳を強く握る。
そして、少し前の過去が過ぎる。
道場でのこと。
そこではいつも轟道はルウェットと簡単な試合をしていた。
たいていは轟道が勝つのだが、たまにルウェットの力が全てを裏返す時がある。
それを克服するために轟道は来る日も来る日も人形に竹刀を叩きつけていた。
「轟道さん。なんで、そうまでして腕を鍛え上げるんですか?」
神橋は答えを分かっているつもりだった。
でも、訊けずにはいられなかった。
「分かる通り、俺は負けず嫌いだ。だが、それだけで鍛えているわけじゃない。忘れたか? 前の戦いで俺の身につけた技を」
「それって......まさか」
「ああ、そうだ」
轟道の成長は留まることを知らない。
「これしきで......やられてなるものか......!」
轟道の腕が隆起する。
そして、放たれる。
血反吐を吐く努力で培ったもの。
その横薙ぎが右の軌道へ乗る。
(読んでるよ)
シャルルが剣を抜くと同じくして、下がる。
しかし、その時。
彼の口から血が吹き出る。
(まずい......入れ替えは心臓に負担があるのか)
シャルルでさえ、この欠点には気づいていなかった。
(だが、追撃が来る頃にはいつものと同じ動きが......)
シャルルは目を丸くする。
彼の刃が反転する。
これはルウェットの時に使われた最後の一太刀である。
虎の眼をしても騙され斬られる秘技。
その名も。
「『虎切』」
武の信念が籠った銀閃。
左へ、使い手の傷を返すように丹田の肉を削ぎ落とす。
「がっっ...........!」
(なんだこれは? 熱い.......?)
極限までの痛みは熱を伴う。
そこまでの技ということだろう。
シャルルにとって轟道とはどこまでの恐怖だと認識しているのか、誰も知る術はない。
しかし。
彼は立っている。
その眼はまだ......諦めていない!
「確かにあんたの言う通り、俺には覚悟が足りなかった。だから、あんたと同じ土俵に立つために......命を賭ける!!!」
シャルルが普遍的に突く。
轟道は既に槍の穂を挟み込んでいる。
しかし、その剣が急に跳ね上がる。
ドクンッッッ!
急に異様とも言える剣圧がのしかかる。
轟道が顔を上げる。
そこには落雷の如き剣を振り下ろす怪物がいた。
(ああ......そうくるか)
この瞬間は永遠のようだった。




