虚実は神樹のみぞ知る 2
学習用の長机に着いて、僕は新聞を始めとした媒体から収集した情報をノートにひたすら書き込んでいく作業を続けていた。校舎内以上に、図書館内部は静粛だった。一般の利用者が頻繁に訪れる公営図書館とは根本的に雰囲気が異なる。何せ、僕らの暮らす寮にも勝るとも劣らない規模の建物内には、僕と従姉さん、そして半ばここで寝泊まりしているも同然の司書の爺さん以外の人間はいないんだから。ガスは通っていないので、光源はドーム状になったガラス張りの天井から降り注ぐ太陽光と、古式ゆかしい蝋燭だけ。古びたインクと古紙、そして絨毯の埃と黴の臭いを感じながら、僕はペンを走らせる。
僕はまず、教務課が所蔵しているジルケ・ヘラーの個人情報を従姉さんに求めた。入学した人間の情報が粗方記載されている名簿自体はすぐに見つかったらしいが、こればかりはさすがに一介の新入生に過ぎない僕一人で目を通していい代物ではない。生徒会役員にして生徒監督役の従姉さん立ち合いの上、司書から名簿を借り受けることができた。必要な情報だけをすぐさま書き写して、名簿を返却した。
それから従姉さんは、僕からやや離れた位置の椅子に腰かけ、先日贈ったスマホに目を落としている。かと思えば、突如何かを思い立ったかのように、僕と同じくノートにその閃きをがりがりと鉛筆で書きつけていく。貴重な休日にも拘わらず付き合わせてしまったことを申し訳なく思いながらも、僕は資料に目を走らせるのをやめられなかった。
ジルケ・ヘラーは、ツェレファイスの街に来るまでは非常に利発的で聡明な少女だったらしい。名簿には、入学直後だろう彼女の顔写真も載っていた。その顔に僕は見覚えはなかった。幼くして両親を亡くし、天涯孤独の身と窶しながらも、その類まれなる数学と化学の才によって特待生として入学した秀才と評されている。
半面、世界樹のふもとで思春期を迎えた彼女は、徐々に他者との関りを意図的に避けるようになっていった。中等部を卒業するころには進級に必要な単位が取得できさえすればよいといった姿勢で自室に引きこもりがちになり、その数年後にはついにその学園寮からすらも引き払ってしまった。
その原因の考察に関しては、マスコミ各社はこぞって好き勝手に下世話な想像を膨らませているようだった。やれヘロインのやりすぎだ、やれ売春の味を覚えたからだ、やれ男に貢ぐためだ。このあたりはネットの掲示板と大して変わらない。公式発表と称して、連中相手に下手に燃料を与えなかった学校側の対応は間違っていなかったとみえた。当事者やそれを取り巻く人間が過剰に反応したりさえしなければ、噂は単なる噂のままだ。疑念は疑念のままにしておけば、いずれは風化するものなのだから。
不特定多数やマスコミ諸君について考えを馳せても仕方がない。実際に情報を足で稼いでいる今の僕は、そんな連中なんかよりもずっと正当性ある理由で真実を追っているんだから。
ジルケの葬儀が営まれた共同墓地は、ツェレファイスの駅から南西に五キロほど離れた教会の傍に位置しているらしい。実際に参列した従姉さんからの情報だ。続いて収穫と言えるのは、ジルケが寮を出てから住まいとして借りた下宿先の住所だ。こちらも学園から自転車を飛ばして十分ほどの場所にあるアパートの一室であることがわかった。加えて、閲覧させてもらった名簿には、彼女が通院を勧められていた病院まで記されていた。いずれにせよかき集めた雑誌や新聞は大して役には立たなかったものの、悪くない釣果に僕は手ごたえを感じていた。
一時間もしないうちに、おおよその資料に目を通し終えることができた。筆記用具をリュックサックにしまいながら、僕は一つの疑問を従姉さんに打ち明けることにした
「聞いてもいい」
「なに?」
「どうして従姉さんはさ、僕なんかを演舞の舞手になんかしようとしたがるわけ? 代わりなんていくらでもいるってのに、どうしてよりにもよってやる気もへったくれもない僕を推すの」
「頼まれごとを請け負ってあげたのに、やる気がないなんて言う気?」
「も、もちろん……やるよ。できる限りのことは。だから、教えてほしいんだよ」
「教えてって言われても……あんまり、深い意味はないかなあ。街の観光課とお祭りの実行委員会には、演舞のダークホースが欲しいって散々せっつかれたから……って答えじゃだめ?」
「客寄せじゃないか」
「そういう意味合いもなくはないってこと。でも、本心としてはね。アルにもっとツェレファイスと、この学校と、世界樹のことを好きになってほしいから、かな?」
「何それ」
「言葉通りに受け取ってよ。紛いなりにも私、監督生っていう身分だもの。卒業までの四六時中、身内にずっとつまらなさそうに学園生活を送ってほしくないもの」
「お、おせっかいだって思ったことないの」
「そんなのは承知の上。アルが本当にイヤがるなら、私だって無理強いする気はなかったもの。でも、たとえ条件付きでもアルが自分から立候補してくれたことが、私にとってはすごく嬉しいの。この街を見守ってくれる世界樹のことを、もっと知ってくれると思って」
「神頼みなんか、いざってときに役に立たないもんだよ」
僕はモルペリアとの付き合いを引き合いに出して反論した。
「そんなの当たり前じゃない。手取り足取り命令して、あれこれ口出ししてくる神様なんか、そんなの神様じゃないわ。世界樹は、升天教の神様とはちょっと違うんだから。じいっとツェレファイスの土地に根付いて、それでたまに私たちを気にかけてくれて、ほんの少しだけ良いことに巡り合わせてくれる」
「地質的にも経済的にも、世界樹ありきの産業に頼りっ切りだから?」
「だから昔の人はここに街を拓いたし、学校も建てた。ただの原野だったツェレファイスが今みたいな街になったのは、いろんな人たちが行きかう土地に成長する切欠があったから。世界樹はね、縁結びの神様なの。人と人を結び付けては、時たまばっさり別れさせたりもする。そんな無口で気紛れな神様なんだと思うな」
「それはそれで迷惑だな」
「でも、自殺した女の子の幽霊が校舎を闊歩してるなんて噂よりずっと健全じゃないかな」
「すると……世界樹の神様の噂、なんてのがあるわけ? 樹の麓で願ったことが叶ったりするの?」
「それを大きくしたのが豊穣祈願の納魂祭じゃない。噂が立派に広がれば、それはもう信仰と何も変わらないでしょ?」
言われてみればそうだった。我ながら迂闊な物言いが、実に恥ずかしかった。
「大昔は結構いたみたいなんだ。それこそ、街や学校ができたばっかりの頃。お祭りの日の夜、好きな人に告白するとその恋が成就するとか。自分の名前を木の皮に刻み込むと願いが叶うとか、噂を鵜呑みにしたような人たち。ハレの日の雰囲気にあてられて、お盛んになっちゃう人も多かったみたい。そういうのをひとまとめにするために、奉納演舞っていうのは作られたんだって。アルにはいないの? 縁結びしてみたい人とか」
「い、いないよ、そんなまだ……」
「そう? じゃあ、世界樹さまが良いお相手を見つけてくれるかもね。それとも他の何か、違うお願いにしてみる? 色恋沙汰が大好きな神様が聞いてくれるかはわからないけど」
からからと笑う従姉さんも、こういう話題で喜べるあたり女学生なんだな。あまりこの手の話題でいじられたくはないけど、取引はすでに成立してしまっている。否が応でも、僕は演舞の舞手として神樹に願いを汲み取られる羽目になるんだ。
どうせなら、今の僕の身に降りかかっているおかしな出来事を全部まとめてオチをつけて解決してくれればいい。夢オチはだめだ。今現在そうなりつつあったとしても、精神的な負担が大きすぎるのは経験済みだから。
考え込んだ傍から、今さっき批判したばかりの神頼みに縋っていることに僕は気づいた。呆けていた僕の隙をつくように、白い閃光がパシャリと音を立てて瞬いた。スマホに内蔵されたカメラのフラッシュだ。
「おとぼけ顔いただきです」
スマホをかざしていたメリッサ従姉さんは、したり顔を引っ提げたままにんまりと笑った。




