第二話 伝説のパンツ魔法
王都の衛兵詰所。
俺は椅子に座ろうとしていた。
「待て! そのまま座るな!」
隊長が慌てて止めた。
「じゃあ何か敷いてくれ!」
「布はない。」
「服もない、布もない。ここは何があるんや!」
「牢屋ならあるぞ。」
「座りません!」
俺は仕方なく床にしゃがみ込んだ。
隊長は机に向かい、書類を書き始めた。
「名前はタナカ。出身はヤマダショウジ王国。」
「会社やって!」
「職業は?」
「営業です。」
「エイギョウ?」
「物を売る仕事です。」
「商人か。なら服ぐらい買えるだろう。」
「金がないんです!」
隊長は筆を止めた。
「金もないのか。」
「はい。」
「服もない。」
「はい。」
「魔法も使えない。」
「はい。」
隊長は深いため息をついた。
「お前、どうやって生きてきたんだ?」
「昨日までは普通に生きとったわ!」
そこへ若い衛兵が入ってきた。
「隊長、裏庭で見つけました!」
手には大きな葉っぱを持っている。
「よし、渡してやれ。」
衛兵が俺に葉っぱを差し出した。
「これで隠してください。」
俺は葉っぱを見た。
大きさは手のひらほど。
「……これ?」
「はい。」
「服は?」
「ありません。」
「パンツは?」
「ありません。」
「葉っぱは?」
「あります!」
「元気よく言うな!」
しかし、ないよりはましだった。
俺は葉っぱを受け取った。
「……おお。」
不思議な安心感があった。
人間、葉っぱ一枚でも心の支えになるらしい。
隊長が言った。
「よし。もう行っていいぞ。」
「え?」
「犯罪者ではないと判断した。」
「そりゃどうも。」
「ただし、街中で騒ぎを起こすなよ。」
「この格好で外に出ろと?」
「葉っぱがあるだろう。」
「葉っぱを服扱いするな!」
俺は衛兵詰所を追い出された。
王都の大通り。
石畳の道。
立派な建物。
行き交う馬車。
そして、魔法使いらしい人々。
誰かが空中に水を浮かべている。
別の誰かは、指先から小さな炎を出していた。
「すげえ……。」
本当に魔法の世界だ。
ということは。
「服を作る魔法もあるんじゃないか?」
俺は希望を見つけた。
火を出せる。
水を出せる。
なら、パンツぐらい出せるはずだ。
問題は誰に聞くか。
その時、通りの向こうに看板が見えた。
『王都魔法協会』
「ここや!」
俺は走り出した。
葉っぱを押さえながら。
魔法協会の扉を開ける。
中にはローブを着た魔法使いたちが大勢いた。
受付には、若い女性が座っている。
「いらっしゃいませ。ご用件は?」
「魔法を教えてください!」
「魔法の習得をご希望ですね。」
「はい!」
「どの属性でしょうか?」
「パンツです!」
受付の女性が固まった。
「……はい?」
「パンツを作る魔法です!」
周囲が静まり返った。
奥にいた老人が、ゆっくり顔を上げる。
「今、何と言った?」
「パンツを作る魔法を探しています!」
老人が立ち上がった。
長い白髭。
立派な杖。
いかにも偉そうな魔法使いだ。
「若者よ。」
「はい!」
「お前は、衣服生成魔法を求めているのか?」
「それです!」
俺は思わず身を乗り出した。
「使えるんですか!」
老人は静かに頷いた。
「存在はする。」
「本当ですか!」
「ただし、習得は極めて難しい。」
「どれくらいですか?」
老人は杖を床についた。
「王国でも、その魔法を使える者はわずか三人。」
「三人!?」
「そのうち二人は王宮に仕えている。」
「あと一人は?」
老人は窓の外を見た。
「東の果てにある、魔導都市アルカディア。」
「そこにいるんですね!」
「ああ。伝説の衣服魔導師と呼ばれる男だ。」
俺は拳を握った。
ついに見つけた。
この世界で生きる希望を。
「行きます! そのアルカディアへ!」
老人が俺を見た。
「本気か?」
「もちろんです!」
「ここから徒歩で三十日以上かかるぞ。」
「……三十日?」
「途中には魔物の森もある。」
「魔物?」
「盗賊も出る。」
「盗賊?」
「命を落とす者も少なくない。」
俺は手元の葉っぱを見た。
風が吹いた。
葉っぱが揺れた。
俺は慌てて押さえた。
「……行きます。」
老人は驚いた。
「それでも行くのか?」
「はい。」
「なぜそこまで?」
俺は真剣な顔で答えた。
「パンツが欲しいからです。」
老人はしばらく黙っていた。
やがて、深く頷いた。
「……強い意志だ。」
いや、違う。
ただパンツが欲しいだけだ。
老人は俺の肩に手を置いた。
「若者よ。名を聞こう。」
「田中です。」
「タナカよ。お前の旅に幸運を。」
「ありがとうございます!」
こうして俺は、魔導都市アルカディアを目指すことになった。
目的は世界を救うことでも、魔王を倒すことでもない。
パンツを一枚手に入れること。
ただ、それだけだ。
俺は魔法協会を出た。
その瞬間。
突風が吹いた。
「あっ!」
葉っぱが宙を舞った。
俺は必死に手を伸ばした。
「待てええええ!!」
王都の大通りに、俺の叫び声が響いた。
冒険は、まだ一歩も進んでいなかった。




