第三話 最強の魔法と一枚の葉っぱ
「待てええええ!!」
王都の大通りを、俺は全力で走っていた。
追いかけているのは泥棒でも魔物でもない。
葉っぱだ。
先ほどの突風で飛ばされた、俺の唯一の装備。
「頼む! それだけは返してくれ!」
風に舞う葉っぱを追いかけ、ようやく路地裏で捕まえた。
「はぁ……はぁ……。」
危なかった。
異世界に来て二日目どころか、まだ初日なのに何度人生の危機を迎えるんだ。
俺は葉っぱを元の位置に戻し、慎重に立ち上がった。
その時だった。
「おい、そこの兄ちゃん。」
振り返ると、路地の入口に男が二人立っていた。
薄汚れた服。
腰には短剣。
どう見ても、親切な道案内には見えない。
「何ですか?」
「金を出せ。」
「ありません。」
「荷物を置いていけ。」
「ありません。」
「……武器は?」
「ありません。」
男たちは俺を上から下まで見た。
そして、一人が呟いた。
「兄貴、こいつ何も持ってませんぜ。」
「見れば分かる!」
俺は葉っぱを押さえ直した。
「じゃあ、もう行っていいですか?」
「待て。」
男が短剣を抜いた。
「その葉っぱを置いていけ。」
「何でや!!」
「いいから寄こせ!」
「これだけは絶対に渡さん!」
男が近づいてきた。
俺は後ずさった。
逃げ道はない。
壁に追い詰められた。
「くそっ……。」
こんなところで、葉っぱを奪われてたまるか。
その時、魔法協会で見た光景が頭に浮かんだ。
指先から炎を出す魔法使い。
空中に水を浮かべる魔法使い。
そうだ。
魔法だ。
俺にも使えるんじゃないか?
「おい、何をぶつぶつ言ってる!」
男が短剣を構えた。
俺は右手を前に突き出した。
「ウインド!」
何も起こらなかった。
「……あれ?」
男たちが顔を見合わせた。
「兄貴、こいつ頭がおかしいですぜ。」
「知っとるわ!」
俺はもう一度手をかざした。
「ウインド!」
やはり何も起こらない。
「くそっ! 何でや!」
男が笑った。
「魔法が使えるつもりか?」
「うるさい! 今練習中や!」
「こんなところで練習するな!」
もっともな意見だった。
だが、こちらも必死だ。
俺は目を閉じた。
風を想像する。
そよ風。
木々を揺らす風。
草原を吹き抜ける風。
そして、思いきり叫んだ。
「ウインドォォォ!!」
次の瞬間。
ドォォォォン!!
凄まじい爆音が響いた。
路地を突き抜けた暴風が、二人の男を吹き飛ばした。
「うわあああ!!」
「兄貴ぃぃぃ!!」
男たちは通りの向こうまで転がっていった。
さらに風は止まらなかった。
積まれていた木箱が宙を舞い、近くの看板が吹き飛ぶ。
通りの人々が悲鳴を上げた。
「何だ!?」
「魔法だ!」
「誰がこんな魔法を使ったんだ!」
俺は呆然と立ち尽くしていた。
「……すげえ。」
使えた。
本当に魔法が使えた。
しかも、想像していたよりはるかに強い。
「俺、もしかして天才なんじゃ……。」
そこで気づいた。
妙に涼しい。
いや。
涼しすぎる。
俺は恐る恐る下を見た。
「……あ。」
葉っぱがない。
「葉っぱああああ!!」
俺はその場にしゃがみ込んだ。
最悪だ。
魔法を覚えた瞬間、唯一の装備を失った。
「何やっとるんや、俺は!」
その時、背後から声がした。
「今の魔法を使ったのは、お前か?」
振り返ると、白い髭を生やした老人が立っていた。
魔法協会で会った、あの老人だ。
「おお! ちょうどよかった!」
「何がだ?」
「葉っぱを探してください!」
老人は周囲を見回した。
吹き飛ばされた木箱。
壊れた看板。
倒れた荷車。
そして、しゃがみ込む俺。
「……お前がやったのか?」
「はい。」
「今の暴風を?」
「はい。」
「誰に教わった?」
「誰にも。」
老人の表情が変わった。
「独学で、あれほどの風魔法を?」
「はい。でも失敗しました。」
「失敗?」
「葉っぱが飛びました。」
老人はしばらく黙っていた。
やがて、震える声で言った。
「信じられん……。」
「ですよね。葉っぱ一枚守れないなんて。」
「そっちではない!」
老人は俺の肩をつかんだ。
「お前、自分が何をしたか分かっておるのか!」
「風を出しました。」
「普通の風魔法では、あれほどの威力は出ん!」
「そうなんですか?」
「熟練の魔導師でも、あの規模の魔法を放つには相当な魔力が必要じゃ!」
俺は少し考えた。
「じゃあ、俺って強いんですか?」
「強いどころではない!」
老人は興奮していた。
「お前には、とてつもない魔法の才能がある!」
「本当ですか!」
「ああ!」
「じゃあ、パンツを作る魔法も使えますか!」
老人の表情が曇った。
「それは別の話じゃ。」
「何でや!」
「衣服生成魔法には、特殊な知識と技術が必要なのじゃ。」
「風を出すより難しいんですか?」
「少なくとも、お前にとってはそうらしい。」
俺は頭を抱えた。
せっかく魔法が使えるようになったのに。
パンツは作れない。
しかも、魔法を使うと葉っぱが飛ぶ。
「……あかん。」
「どうした?」
「この魔法、普段使いできんやんけ!」
老人は首をかしげた。
「なぜじゃ?」
「葉っぱが飛ぶからや!」
「……なるほど。」
老人は妙に納得した顔をした。
「確かに、それは深刻じゃな。」
「分かってくれますか!」
「うむ。まずは葉っぱを探そう。」
こうして、王都でも有数の魔導師らしい老人と俺は、路地裏で葉っぱを探すことになった。
十分後。
「おお! あったぞ!」
老人が葉っぱを掲げた。
「ありがとうございます!」
俺は両手を伸ばした。
「……ん?」
老人の手元を見た。
「それ、違います。」
「何?」
「俺の葉っぱは、もう少し大きいです。」
老人は葉っぱを見つめた。
「……葉っぱにもこだわりがあるのか。」
「命がかかっとるんです!」
さらに五分後。
ようやく俺の葉っぱが見つかった。
俺はそれを受け取り、深く息を吐いた。
「助かった……。」
老人は俺をじっと見ていた。
「タナカよ。」
「はい。」
「お前の魔力は、まだ眠っている状態かもしれん。」
「そうなんですか?」
「ああ。鍛えれば、王国随一の魔導師になれる可能性がある。」
俺は目を輝かせた。
「じゃあ、パンツも作れるようになりますか?」
「それは分からん。」
「そこが一番大事なんや!」
老人は苦笑した。
「お前は本当に、それしか考えておらんのじゃな。」
「当たり前です!」
俺は葉っぱを押さえた。
「まずパンツがないと、冒険もできんでしょう!」
老人は静かに頷いた。
「ならば、やはりアルカディアを目指すしかあるまい。」
「はい!」
「ただし、気をつけるのじゃぞ。」
「何をですか?」
「お前の魔法は強すぎる。むやみに使えば周囲に被害が出る。」
俺は大きく頷いた。
「分かりました。」
そして、葉っぱを見た。
「俺もそう思います。」
老人は首をかしげた。
「何がじゃ?」
「魔法を使ったら、また飛びますから。」
老人は天を仰いだ。
「……お前の心配は、そこだけなのか。」
こうして俺は、初めて魔法を習得した。
その威力は、王国の魔導師も驚くほどだった。
だが、俺には重大な問題が残されていた。
魔法を使えば使うほど、葉っぱが危ない。
世界最強の魔法使いになれるかもしれない。
しかし。
パンツを手に入れるまでは、魔法すら安心して使えない。
俺の冒険は、まだ始まったばかりだった。




