第三話
アルフィーは蔑まれることに慣れているが、褒められ崇められることに慣れていない。
目をギラギラさせて、近寄ってくる似たような顔の貴族令嬢の囲いから抜け出し、自分が主役の祝いの席から抜け出した。
愛らしい笑顔で自分を迎えてくれると思っていた少女からもらった拒絶の言葉に呆然としていた。
「ロベリアが」
見たことがないほど落ち込んでいるアルフィーに学園で友情を築き、臣下となった青年は優しく肩を叩いた。
「調べましょうか」
ゆっくりと顔を上げたアルフィーは静かに頷いた。
***
ロベリアは権力のある者に振り回される者に哀れみを持っている。
複雑な侯爵家の内情は弱味になるため、外部から調べられないようにきちんと手配されている。
どれだけ調べても元侯爵夫妻が汚点と判断した情報を民の口から聞くことはない。
成果がないと帰れない憐れな青年にロベリアは声を掛けた。
「間諜を許すほど、うちは甘くありませんよ。まぁ結果が出るまでここにいられても迷惑ですし、教えてあげます」
「ロベリア様!?」
ロベリアは愛らしく微笑みながら、アルフィーの配下の驚いて固まっている青年をお茶の席に招いた。
「お父様はお馬鹿さんです。そのあたりの事情はご存じでしょう?」
領民の口を封じても、限界はある。
情報と観察と予測で渡り合う社交界で個人の能力を誇張するのは諸刃の剣。
下級貴族になら通じるが、王族をはじめ上級貴族には通じない。
「無礼講ですよ。ですが、お考えがお顔に出ておりますよ。殿下が生きるのは甘い世界ではないのでお気をつけくださいませ」
ロベリアの父である侯爵は一人息子だが、当主としての器がなかった。
直系のみにしか爵位の継承が認められていないため傍系から養子を迎えることはできず、文武共に優秀な伯爵令嬢を侯爵夫人に迎えた。
侯爵は両親に認められる妻に嫉妬し、自分より明らかに能力の劣る平民の恋人を愛した。
侯爵家は侯爵夫人と前侯爵が回しており、侯爵が邸に帰ってくるのは両親に呼び出された時だけ。
厳格で怖い父親の髪色と憎らしい妻の顔立ちを受け継いだ娘に親子の情を向けることはない。
侯爵夫人はきちんと役目を果たしながら、娘をきちんと教育した。
「お父様は駄目な大人ですが、侯爵家当主なので力はあります。成人するまでは全てのことは父親の許可がいります。成人するまでに、家の力を利用し力をつけなさい。そのあとは自分の力で生きられるようになりなさい」
「成人するまで?でも」
「婚約者を見つけて、花嫁教育のため成人前に家を出る方法もありますが、嫁ぎ先を見極めなければ不幸になります。男なら士官学校に行けばいいけど、女の入れる全寮制の学校はないのよ。本当はお母様が守ってあげたいけど、ごめんなさい」
ロベリアの母が初めて病に倒れたのは5歳のとき。
母の命の灯が小さくなりはじめている頃、ロベリアは可哀想な王子様を見つけた。
「高貴な血筋でも力がなければ、人としての尊厳さえ守られない。煌びやかな世界に見えるが、ロベリアが生きるのは弱肉強食の魑魅魍魎が巣くう世界」
祖父はロベリアの教材になるように国葬もされない妃と母を亡くしたばかりの王子のことを教えた。
「ロベリア、また会いにきてもいい?」
母の命の灯が小さくなるのと正反対に可哀想な王子様の生きる力は大きくなっていく。
肉親という庇護者がなくても、出会った頃と正反対の生命力に溢れる王子様はロベリアに一人でも生きられることを見せてくれた。
生きれることを知っても、悲しい気持ちは薄れない。
母の命の灯が消えるだろう日がどんどん近づくにつれ、ロベリアが生きていくのに手を引いてくれる存在が欲しくて、たまらなかった。
傍にいて、母を悼んで寄り添ってくれる誰かが欲しかった。
でも、当主の命令が絶対の主従関係で結ばれる者には弱さを見せられない。
「ロベリアとずっと一緒にいたい」
ロベリアに優しいアルフィーなら心を見せてもいいと思ったのに、アルフィーはいなくなった。
母が亡くなったのは9歳の時、アルフィーが旅立った翌月だった。
「幸せでした?」
「私が嫁いだことで実家は没落せず、持ち直したわ。可愛い娘にも恵まれた。最愛の娘に手を握られ、最期を迎えられるなんて、幸せよ」
「お母様」
「王子様が迎えにくるかもしれないし、ロベリアの足で飛び出してもいい。時間があればもっと甘やかしてあげたのにごめんなさい。でも、貴族令嬢として必要なことは教えたから自信を持ちなさい」
歪んだ視界にロベリアは母の姿を焼き付ける。
厳格な母はきちんと愛情を示してくれていた。
祖父母が存命中はロベリアは侯爵令嬢としての役割を求められる。
人よりも早い社交デビューをさせられたのは祖父母が亡くなったあとの侯爵家を任せられるようにするための保険である。
「私、侯爵令嬢としてきちんと学び、義務も権利も意識して生きてきました。でも、お母様が亡くなられてからは、考えを変えました。今は無礼講ですよね?」
愛らしく首を傾げるロベリアに青年は頷く。
ロベリアは愛らしく微笑み、昔話を続けた。
「新しい家族だ。ロベリアには別邸を与える。お誕生日おめでとう」
母の喪が明けないうちに侯爵邸に現れた新たな家族。
初めての父からの贈り物は青いロベリアの花束と本邸から離れた別邸の鍵。
9歳のロベリアは4歳と1歳の妹たちに絶句した。
母が病で苦しみながら仕事をしているのに新たな家族とともに穏やかに暮らしていた父親。
「ありがとうございます」
「疲れているから休む。わかっているな」
「かしこまりました」
ロベリアは礼をして、荷物を整理し別邸に引っ越した。
公にできないお客様のための別邸は長期滞在のための準備が整えられている。
こんな未来を見越して別邸の管理を怠らなかった母を思い出し、ベッドに身を投げる。
「侯爵家なんてどうでもいい。お父様が好きにするんだもの。お母様が守りたかったのはここではないもの」
別邸の庭にはロベリアの花が植えられていた。
ロベリアは父が唯一母に贈った花と侍女に聞いたことがあった。
嫁いできた母が連れてきた家臣は母が亡くなってすぐに侯爵が暇を出した。
母の話をしてくれる者も、懐かしい母の話を知る者も誰もいない。
だから贈られたロベリアの花を母がどうしたのかをロベリアが知ることはないが、推測はできた。
「人の心は変わりゆくもの。でも、私にとっていい方に変わるなどの幻想は持ちません。ないものを求めるよりも、手が伸ばせる範囲で必要なものを手に入れるように努力をするほうが現実的でしょう?」
子供のロベリアは一人で生きていけない。
本邸で暮らす父親達は愛で結ばれた家族の邪魔をしていた存在であるロベリアはいない者としている。
祖父母は新しい家族を侯爵家に相応しく教育するのは将来後を継ぐロベリアの務めと考えているので、ロベリアに社交界に顔を出すことを命じるだけ。
一人息子の教育を諦め、優秀な妻と孫を教育して、侯爵家を守ろうとしているようで、実は他力本願の祖父母。
祖父母との関わり方は母に教えこまれているロベリアは社交界も私生活もどんな場所でも穏便に過ごせるように努力しながら幸せの形を探した。
母の死後、別邸に使用人なしで追い出されても、ロベリアの世話を隠れてしてくれる使用人や領民に助けられ生きてきた。
今では自分でお金を稼ぐこともでき、侯爵令嬢としての支度金を絶たれてもロベリアの懐は潤っている。
「私は一人で生きていく方法を身に付け、何も持たない王子様は皆に認められめでたしめでたし」
青年は愛らしく微笑み幸せそうに見えるロベリアの口から語られる言葉に幸せの欠片も見つけられない。
「強がっておられませんか?」
「いいえ。強がらなくては立ち上がれなかったのは遠い昔のこと。殿下も私も乗り越えました。別れた道が交わることはない。殿下は私の欲しいものを一つもくださらなかったもの。そんな殿方のために人生捧げるなんてごめんです」
アルフィーはロベリアとの未来のために過酷な道を選んだ。
士官学校で出会ったばかりのアルフィーは人の感情や心の機微に疎かった。
言葉足らずなところも多い。
ロベリアにフラれても仕方ないと思うが、成長したアルフィーは諦めの悪い面倒な男である。
面倒なのはロベリアも同じなので、似たもの同士かもしれないと思いながら主に報告をした。




