最終話
アルフィーは友人からの報告に絶句した。
ロベリアしか見えていなかったアルフィーは侯爵家の事情に気づかなかった。
「滅ぼすか」
「殿下!?落ち着いてください。お二人は言葉が足りない、話し合いが先です」
「ロベリアを傷つけた者を許せと?」
「滅ぼしたいならそれでも構いませんが順番を間違えればさらにお心は離れます。ロベリア様は私が殿下の臣下だから内情を教えてくださったのではありませんか?」
「ロベリアに喜んでほしくて、僕は………。父上はロベリアが頷くなら結婚を認めるとおっしゃったのに」
「結婚したいのは殿下でしょう?ロベリア様の欲しいものは違っていらした。一度間違えた過去は消えません。ですからロベリア様の心に寄り添える方法を考えましょう」
暴走しようとしていたアルフィーは友人の言葉に頭を抱える。
一般的な貴族令嬢は継承権を持つ者に惹かれるがロベリアは違った。
欲しいものをくれる男がいいと言ったロベリアのために権力も金も継承権も手に入れたのに、ロベリアに突き放された。
アルフィーは多くのものを手に入れたが、本当に欲しかったものは手のひらからこぼれ落ちたことに苦悩する。
***
アルフィーが侯爵領に行くと、ロベリアが枯れた花を抱えていた。
「無礼講だよ。話せないか? 手伝うから」
「無礼講ならお話することはありません。手伝いもいりません」
「僕はロベリアと話したいことがある」
「殿下とお近づきになりたい方はたくさんいらっしゃいますので、その方達との時間を過ごされてくださいな。しがない田舎娘に貴重な時間を使わないでください」
「僕がお近づきになりたいのはロベリアだけだ。愛らしくなくても、傲慢でも、性悪でもいい」
「殿下のそのようなお言葉で喜ぶ令嬢をお選びください。私には過分なお言葉です」
「あの時はごめん。ロベリアが、」
「お話したくありません。昔話をしても得られるものなどありません。たくさんの方に認められたのですから、殿下と関わりたくない者の一人など放っておいてくださいませ」
「関わりたくない……。い、一番認められたい人に認められていないから」
「亡き妃殿下も喜んでいらっしゃいます」
「ロベリアと結婚したくて頑張ったんだよ」
「頼んでませんし、殿下は私の願いを叶えてくださらなかった。それにタイプではありません」
「今なら何でも買ってあげるよ。欲しいものを」
「ありません。私は王子様ではなく賢者様が好きです。幼い頃は救い出してくれる王子様に憧れましたが、もう子供ではありません。権力を持たず、自分の力で慎ましく暮らしていく、そんな暮らしができればいいのです」
愛らしく微笑みながらロベリアは首を横に振った。
「あの頃には戻れません。戻りたくもありません」
枯れた花を抱えて、別邸に帰るロベリアの背中にアルフィーはかける言葉を見つけられない。
「タイミングは大事ですよね。かつて、最大のチャンスを逃した殿下はどうします?」
「大事な人を失って、義務だけ残されて、子供でいることを許されなかったロベリア様が心を守るための精一杯だったんでしょう」
「助けを求めて、精一杯伸ばした手を振り払われれば、次の男を探すのが賢い判断だろう」
「殿下の隣に平穏な暮らしはありませんから、逃げたい気持ちもわかります」
「わかっている!!それでも、ロベリアといたいんだ!!過去に戻ってやり直したい」
「殿下が非現実的な夢を見る間にさらに溝が広がりそうですね」
「お二人は正反対ですから、話し合って落としどころを見つけるしかない」
アルフィーは友人達に相談しながら策を練る。
諦めの悪いアルフィーがロベリアを諦めることはないと確信がある友人兼家臣達は、執念深い男に狙われたロベリアに同情していた。
***
「友人に言われたんだけど、僕達には会話が足りないのかもしれない」
「足りないも何も結論はでています。私は殿下と結婚しません」
アルフィーとロベリアの会話は平行線である。
「1週間だけ僕と過ごして。それで駄目なら諦める」
ロベリアは頻繁に訪ね、しつこく付き纏うアルフィーに断っても受け入れてもらえない現状に諦めて頷いた。
破顔したアルフィーにロベリアは強引にエスコートされ王家の馬車に乗せられた。
王家所有の美しい湖でピクニックをしながら、ぼんやり湖を眺めるロベリアの隣に座ったアルフィーは昔話を始めた。
ロベリアの視線は湖のまま、返答もない。
「嫌な思い出は過去に置いていかない?」
アルフィーが乗り越えられたのはロベリアのおかげ。
でもロベリアの時は止まったままとアルフィーは感じていた。
「ロベリアの辛い時に傍にいなくてごめん。これからは僕が守るよ。手だっていくらでも差し出す。利用してくれていい」
そっとロベリアの手にアルフィーが手を重ねる。
ロベリアは嫌そうな顔でアルフィーを睨み、手を振りほどいた。
「殿下の手は必要ありません。私は強くなりましたのよ」
「人は弱くて脆いんだよ。弱さを見せないように強がっているけど限界がある。小さな傷も放置すれば、化膿しどんどんひどくなる。体の傷と違って心は見えないから厄介だよね」
「私に傷などありません」
「ロベリアになら命をあげても惜しくない」
「いりません。殿下に望むのは関わらないでいただけることだけです。放っておいてくださいませ」
「大丈夫。これからの未来は幸せなことしか起こらない」
同じ時間を過ごしても、アルフィーとロベリアの会話はかみ合わない。
ロベリアはアルフィーの言葉に返答していたが、だんだん無言を貫くようになった。
諦めの悪いアルフィーはロベリアの反応に傷つきつつも、言葉を重ねる。
アルフィーの友人達はどんどんロベリアの心が遠くなり、主の初恋成就の道が遠のいていくように見えていた。
「一般的なデートプランは駄目か」
「ロベリア様の好きな物がわからないんだよなぁ」
「殿下の基本方針、武力行使でいくか?」
「憂いを排除して、ロベリア様の望まれる平穏な環境を用意するか」
アルフィーと家臣達の策はロベリアの心に響くことはなかった。
約束の一週間を終え、ロベリアがアルフィーに送られ侯爵領に帰ると侯爵邸は兵に囲まれていた。
ロベリアが驚いている顔が子供の頃の記憶と重なり、アルフィーは笑う。
「これは?」
「侯爵夫妻に密輸と横領の容疑がかけられている。ロベリアは僕と一緒にいたから容疑者から外れる」
「謀りましたか?」
「さぁ。いずれ僕がここを下賜してもらうから、ロベリアと結婚して侯爵家を再興もできるよ」
「……侯爵家なんて、どうでもいいです」
「なら、侯爵令嬢でなくなったロベリアは自分の力で慎ましく生きればいい。引き継ぎが必要だから、引き継ぎが終わってからの話になるけど。もちろんロベリアの生活の保障はするよ。別邸はそのまま使って。僕は本邸で暮らすけど、ロベリアが本邸に引っ越してくるのも、大歓迎だよ」
「諦めるってお約束は?」
「ロベリアの王子様になるのは諦めたよ。僕は君の良き助言者になれるように努力する」
宣言通りアルフィーは継承権を放棄して、臣籍降下した。
罪を犯し、王家の預かりとなった侯爵領をアルフィーは下賜され、侯爵となり侯爵家の本邸で暮らし始めた。
「侯爵家のことはロベリアしかわからないだろう?引き継ぎが終わるまでは別邸で過ごして。警備の兼ね合いもあるし、引き継ぎがきちんと終わらないと民達も困るだろう?」
「……かしこまりました」
ロベリアは考える時間も抗う時間も与えられず、外堀を埋められていた。
戸惑い抗うロベリアと違い侯爵領民達の順応力は高かった。
アルフィーは大事なお嬢様を意地悪な両親から助け出したので領民達にも好意的に受け入れられている。
唯一受け入れていないのは領民の宝であるロベリアお嬢様である。
「私は爵位を剥奪された罪人の娘でお嬢様ではありません。礼もいりません」
「お嬢様はお嬢様です」
侯爵令嬢として身分を失い、平民になったのに、ロベリアはお嬢様として領民達に受け入れられている。
ロベリアは頑なな領民達の態度に諦めた。
ロベリアは元侯爵令嬢の最後の務めとして、アルフィーへの引き継ぎが終われば、出ていこうと思っているがなかなか引き継ぎが終わらなかった。
「食事を一緒にどう?捕りたての兎もいるから、さばいてあげるよ」
「侯爵閣下、領民の邪魔になるから狩りはやめてください!!」
「誘われたんだよ。お嬢様に渡してくれって」
アルフィーは自分から手を伸ばすことができないロベリアの傍にいて、できることを探す。
ロベリアが飛び立つのを延ばしたいので、引き継ぎだけは手を抜いているが。
「余計な事をしないでください!!」と怒る姿も愛しく思うアルフィーのロベリアへの愛情はどんどん深くなる。
「愛しているよ」
いつの間にかロベリアの住む別邸に色とりどりのロベリアの花が咲き誇っていた。
アルフィーが庭でなにかしていたことを思い出したロベリアは向けられる愛情に戸惑いを覚えはじめた。
何かあるとロベリアを背に庇うアルフィーがもう子供でないことを自覚する。
ロベリアの顔はアルフィーの大きな背中の後にある。
頼れる大人の存在など遠い記憶の彼方である。アルフィーの大きな背中にロベリアはそっと触れた。
「成人したら自由にしていいと言われています。でも、やりたいことがわからないんです」
「いつか見つかるよ。ロベリアの幸せが僕のそばにあって欲しいと思うけど」
権力を使えばアルフィーはロベリアを手に入れることができる。
だが強引なことはせず、ロベリアにアピールする姿に少しだけロベリアの心が動いた。
手に入れた権力をためらいなく捨て、好きに生きる姿はロベリアには眩しい。
それから時々ロベリアはアルフィーからの食事の誘いに応じるようになった。
「好きにしてといいながら、私へのプロポーズを権力で握りつぶすのね」
「ロベリアの意思を尊重するよ。でもライバルを蹴落とすのは本能なんだ。今度からは絶対に気づかれないようにするから安心して」
アルフィーはロベリアとの関係が深まるチャンスを見逃さないように努力する。
賢者ではなく、狩人のようだとアルフィーに伝える者はいなかった。
結ばれるタイミングを逃した二人が結ばれるのはもうしばらく先の話である。
最後まで読んでいただきありがとうございました。




