第二話
戦勝と第一王子の帰国の祝賀会の招待状が多くの貴族に届いた。
「うちが、招待されるのはわかりますが、これは……」
ロベリアの名前が直々に書かれている招待状を受け取ったロベリアは嫌な予感に襲われた。
「王家からの名指しの招待状なら、欠席はできませんよね。行きたくない」
侯爵令嬢の義務としてロベリアは祝賀会に参加した。
王宮の広間は煌びやかな装飾で飾り立てられ、豪華な料理が並んでいた。
今までは後見のない誰も見向きもしなかった冴えない第一王子のための初めての王宮での祝賀会。
誕生日も旅立った日も、一度もアルフィーのために貴族が集まることはなかった過去とは、今は違う。
顔をうろ覚えの冴えない第一王子の成果に多くの貴族が目を丸くした。
必死に情報を集めたが、士官学校は全寮制で厳しいカリキュラムのため手紙のやりとりをはじめ、在学中は社交に参加できず、近づくチャンスはなかった。そのため成果をあげた第一王子とお近づきになるのはこの祝賀会が最初のチャンスである。
「社交界は山の天気のように気まぐれ。ですから、常に備えておくようにのお母様の教え通り」
ロベリアは力のない第一王子であるアルフィーにも敬意を払ったが、ロベリア以外の貴族は違う。
かつては宰相の娘を母に持つ第三王子と親しくしようと力を入れていた。
ただ第三王子よりも第一王子が成果を上げ、情勢が変わった。
ロベリアとアルフィーの過去は調べればわかることなので、ロベリアの想像通り一部のご令嬢から敵意の視線を受けていた。
「侯爵領とは名ばかりの辺境の田舎でお育ちのお嬢様は変わってますわ」
「お褒めいただきありがとうございます」
ロベリアはどんな言葉も褒め言葉として受け取り、愛らしい微笑みを返す。
人の悪口は言わず、下位のものにも敬意を払う貴族令嬢として珍しいスタンス。それがロベリアの戦う術である。
「侯爵閣下の先見の明はすばらしい。第一王子殿下の覚えも目出たいなんて羨ましい」
「私は難しいことはわかりませんから」
ロベリアは力を持たない侯爵令嬢として弁えている。だが、これから社交デビューするロベリアの異母妹達は違っていた。
「お馬鹿で、甘い、愛らしいお嬢様ですこと」
ロベリアは蔑んだ微笑みを浮かべる貴婦人に愛らしく微笑み返し、お礼を述べる。
利用価値のない無害な侯爵令嬢がロベリアの目指す立ち位置である。
貴婦人と談笑し、第一王子に昔の縁を利用して近づくつもりはないとアピールを終えたロベリアは第一王子とお近づきになりたい目がギラギラしている者達からそっと離れ、庭園に移動する。
ロベリアは第一王子と幼い頃は親しかったが今は違う。
「ハッピーエンドは自分の手で掴むしかないもの」
椅子に座り、美しい庭園をぼんやりと眺めるロベリア。
自然のままが一番美しいとは、人の手により美しく整えられた庭を知らない者達がよく話す言葉である。
自然なままで受け入れられ、愛されるなんてロベリアにとって幻想である。
侯爵領の自然のままと囁かれる広大な森もきちんと管理されている。
美しさより食料や薬草、日用品の材料など、実利を優先して育てており、見た目の禍々しさは些細なこと。
「探した。久しぶり」
突然現れた正装した第一王子アルフィーにロベリアは驚くも、愛らしく微笑み礼をする。
「顔を上げて。僕達の間に礼儀は不要だよ。帰ってきたよ。ロベリア、結婚しよう。これからはずっとそばにいるよ」
アルフィーはロベリアの花で作った花冠を渡す。
顔を上げると甘ったるい瞳で微笑むアルフィーにロベリアは嫌な予感が的中したことを悟る。
ロベリアの知っていたアルフィーは夢見がちな自分勝手な少年である。
ロベリアは贈られた花冠を受け取り、白いロベリアを抜き取り渡した。
「無礼講ですか。お父様はお母様への想いを私の名前にこめましたの。ロベリアの花言葉はご存じ?」
「え?謙遜、いつも愛らしい、ロベリアそのものじゃないか」
アルフィーはロベリアから白いロベリアを受け取り、成長しても変わらない無垢な愛らしい笑みに頬を緩ませた。
「そちらではありませんわ。お母様はお父様に愛する義母様がいると知っていながら、おじい様達に気に入られる「悪質」な方法で、婚約を結びました。お父様に「拒絶」されても侯爵夫人として「傲慢」な態度で過ごされ「嫌悪」する対象にしかならない私を宿しました」
「は?」
「ロベリアの花言葉、「悪意」「悪質」「傲慢」「嫌悪」です。そして私は再婚されたお父様から別邸と青いロベリアの花束を与えられました。親子関係の「拒絶」と「謙遜の美徳」を持って過ごすように。しばらくして白いロベリアが庭に咲きました。「奥ゆかしい態度」で過ごせば「嫌い」にはならないと」
愛らしい笑みのまま、愛らしさの欠片もない話しをするロベリアにアルフィーは固まる。
「私は殿下がお名前の通り賢い助言者として生きていくなら、お傍にいてもよかったのですが、今の殿下はごめんですわ。人と争うことは好みません。今の殿下と歩む道はございません。弱小侯爵家ではなく力のあるご実家を持つご令嬢をお選びください。では失礼します」
ロベリアは礼をして庭園を出ていく。
なにかアルフィーが言っているような気もするが振り向かない。
手に持つ色とりどりのロベリアの花冠に罪はないので、持ち帰りアルフィーの母の墓前に供えることにした。
****
「よく聞いて。これからロベリアは過酷な生活を送ることになります。お母様が亡くなると旦那様が邸に帰られます。今はよく仕えてくれる使用人達も旦那様が帰られれば、ロベリアを大切にしません」
ロベリアが8歳の時、母親は亡くなった。
ロベリアの母は自分の死後に起こるだろうことを娘に教えた。
母と優しい使用人とロベリア、時々祖父母の生活は母が生きている期間限定ということ。
これからのロベリアに待つのは一人ぼっちの生活である。
母の口から語られるロベリアの未来はロベリアにとっては真っ暗だった。
近づいてくる最愛の母との別れと真っ暗な未来にロベリアの心は不安で押しつぶされそうだった。
そんな時にアルフィーは士官学校への入学を決めた。
「いかないで。傍にいてくれれば、何もいらない」
ロベリアは必死にアルフィーに泣いてお願いしても、抱きしめられただけ。
侯爵家とは関係ない、唯一ロベリアを一人にしない可能性のある少年の小さな光にすがりたかった。
「絶対無事に帰ってくるよ。帰ってきたら結婚しよう」
ロベリアの心からの願いを聞いても、頷いてくれないアルフィーにロベリアの心は一気に冷めた。
事情も聞かず、押しつけがましい男に落胆した。
「お気持ちは変わらないのですね」
ロベリアにとって王子様になれるかもしれない男に抱いた幻想は捨て、現実だけを見ることを決めた。抱き締める腕から抜け出し、ロベリアは別れを告げた。
「侯爵家と使用人を結ぶのは利益。忠誠心なんて形だけ。使用人達は給金を得るために職務を全うしているだけです。侯爵家はきちんと役目を務めてもらうために、心配りをしているだけ。貸し借りゼロが理想ですが、ロベリアは侯爵令嬢だから少しだけ多めに返しなさい。そうすれば…」
ロベリアを待つ未来に押し潰されないように侯爵夫人は言葉を尽くした。
母との別れの時が近付いてくるにつれ、母を安心させるためロベリアは一生懸命前を向くフリをした。
「私はお母様の自慢の娘ですもの。幸せを掴んでみせます」
「ロベリアならきっとできるわ」
ロベリアの強がりに母親は気づかないフリをして、笑顔で鼓舞した。
強がりを口にしていくうちに、ロベリアは未来が真っ暗かどうかは自分次第と気付いた。
一番頼りにしたかった時期にいなかったアルフィーの記憶はもう遠い昔のものとなっている。
「一度退場した役者に出番はないの」
ロベリアの物語ではアルフィーの出番はもう終わっている。




