第一話
戦が絶えない王国は軍事に一番力を入れている。
全寮制の士官学校は身分を問わず入学できるが、完全実力主義である。
士官学校を優秀な成績で卒業できれば、一般兵とは比べものにならないほど好待遇な武官として暮らしていける。
継承権をもたない貴族子息をはじめ、様々な野望を持った生徒達が学ぶ士官学校では王族も特別扱いを受けない。
最終学年になった第一王子アルフィーはロベリアの栞を愛し気に指で撫でる。
「8年、長かった。ようやく会える」
卒業できずに去る者も多い、厳しいと評判の士官学校生活。
アルフィーにとっては愛しい少女に会えないことを除けば快適な環境であった。
国王は能力主義であり、継承権は士官学校を卒業し、武勲をたてた子供に与えると宣言している。
「王族という恵まれた環境で育てられたのに、凡人にしか育たぬ者に任せられることなどない。能力を示すなら権利を与えてもよかろう」
第一王子アルフィーは王族だが力を一切持っていない。
母親は側妃だが公爵家出身とは思えないほど、慎ましく、穏やかな性格だった。
自分から何かを望むことなく、王の愛を一心に受け止めるだけの妃は王の寵愛を受けた。
だが、側妃の生家の公爵家は違った。娘への王の愛を利用しようとしたため没落した。
公私混同と無縁な王は子供達に平等な環境を与えるが親子の情を示したことはない。
自分の能力を示すことができない幼い子供達の差は母親の実家の力である。
アルフィーが力を持たないといけないと自覚したのは母親が亡くなった8歳のときである。
王家の墓に埋葬されるのは、正妃と功績を残した妃のみ。
実家をはじめ、故人にゆかりのあった者が埋葬することがほとんどだが、アルフィーの母親の葬儀に手を挙げる者はいなかった。
「国益にならない側妃様に血税を使えないのは理解しています。でも、可哀想。おじい様、私のお小遣いを使ってください。大事な人が亡くなったのに、こんなの、悲しすぎます」
王妃主催の貴族子女を集めたお茶会の帰りに侯爵令嬢のロベリアは祖父にお願いをした。
祖父は可愛い孫娘のお願いに頷き、悲しみと厳しい現実に襲われる小さな王子に救いの手を差し伸べた。
アルフィーがその話を知ったのはしばらく後のことである。
アルフィーに記憶に残るロベリアとの出会いは母親の葬儀の時である。
「いつでもいらしてください。お時間があるなら、いつまでも妃殿下のそばにいられても構いませんよ。おもてなしが必要なら教えてください」
葬儀のあと、ロベリアはアルフィーを別邸に案内した。
閑静な邸でアルフィーはぼんやり過ごした。
王族ではあるが身の回りのことは一人でできるように躾られている。
整えられた庭園とは程遠い、自然のままのような庭に足を運ぶとロベリアの花が咲いていた。
花を見て微笑む母はもういない。アルフィーにとって大事な唯一の人が亡くなった現実に初めて涙が零れた。
アルフィーが墓地に行くと、墓地に色とりどりの花を供える少女がいた。
「何してるの?」
「お花を交換しているだけです」
侯爵令嬢ロベリアの日課は朝起きて、身支度を整え、墓地に花を供えにいくこと。
見頃を終える前に新しい花に交換するのも日課である。
侯爵家のために戦い、命を落とした者達へ祈りを捧げるロベリアは領民達に慕われている。
「手伝うよ」
「殿下はお母様のためにお花を選んでください。売り物以外は好きに摘んで構いませんわ。うちは自然の恵みにあふれておりますから」
アルフィーはロベリアと過ごせば過ごすほど惹かれていった。
愛らしい無垢な笑みを浮かべるロベリアは欺瞞に満ちた王宮で暮らしているアルフィーにとって天使のような存在だった。
王都から離れた侯爵領は武力よりも広大な領地で作物を育てることに趣をおくため侯爵家の序列は低い。
王都に帰ってもアルフィーは母の墓参りを理由に頻繁に侯爵領を訪ね、ロベリアと過ごす時間を作っていた。
「ロベリアはどんな人と結婚したい?」
「傍にいて、大事にしてくれる人、ううん、欲しいものをくれればいいかなぁ。結婚しても」
「宝石?」
「エピソード次第」
アルフィーは視線を本に戻したロベリアを見つめる。
「邪魔?」
「ううん。殿下と過ごす時間は好きですよ。お互いに好きなことをして過ごせるのは幸せだもの」
「僕も同じ。ずっと一緒にいたい」
「殿下、そろそろ、お時間です」
「もうか。わかったよ。ロベリア、またね」
「はい。いってらっしゃいませ。お気をつけて」
力のない王子アルフィーが侯爵令嬢のロベリアと結ばれる方法は一つだけ。
名ばかりの王子に侯爵家は娘を嫁がせない。
父親に士官学校を卒業し、武勲を立てたらロベリアとの結婚させてほしいと願い、許しをもらってからの時間の流れは速かった。
「卒業試験で五強のうちの一国を滅ぼしたか」
「天才軍師が次の国王陛下か」
「欲しい物をくれたら結婚してもいいって言われたんだ。ロベリアはエピソードを大事にするから」
国王の満足する武勲をたてたアルフィー。
戦勝と第一王子の帰国を祝う祝賀会の報せに賑わう周囲のことは気にせずロベリアへのプロポーズを考える。
傍から見れば順風満帆な第一王子の人生。
かつてロベリアが読んでいたのは、勇者が魔物を倒した帰路で見つけた花を摘み、手作りの花冠を作り、帰りを待つ姫にプロポーズして結ばれる物語。
アルフィーは天使のような少女を思い浮かべ、これから迎えるだろう幸せな日々に口許を緩ませる。
幸せそうな王子に物語と現実は違うことを忠言する者はここにはいない。




