第8話 反廻
※本作はフィクションです。
作中に登場する「本懐法」その他の法律・制度・行政手続等は作者による創作であり、実在する法律・制度ではありません。
また、実在する人物・団体・事件等とは一切関係ありません。
Case9 第8話 反廻
翌朝、俺はいつも通りの出勤に合わせた時間に目が覚めた。
「眠い………」
深夜まで張り込みを続けたのだ。
睡眠時間はいつもに比べて格段に短いはず。
「アラーム、消しとけばよかった」
スマホのアラームを止める。
マンガ喫茶でこんなにアラームが鳴ったら迷惑でしかない。
どうせ本懐を遂げるまでは休みなんだ。
アラームを止めるだけで、再びまぶたを閉じる。
「もうちょっとだけ」
そして、時計は進んでいく。
起きたのは昼前。
「寝すぎた。まぁでも、今からでも間に合う」
まだ焦る時間じゃない。
役所だ。
とりあえず役所で本籍地と実家の住所を調べる。
本懐法の情報開示の請求は、本懐を果たす目的に限られる。
沼田果穂──
まだ沼田姓だ。
離婚していないのか。
あるいは離婚後に姓を戻していないのか。
事件後に離婚が成立していれば、姓を戻す可能性が高い。
あれだけの事件の末の離婚だ。
実家に戻るとなれば、姓を戻す可能性は高いように思う。
どちらの両親も事件の話は知っているはずだ。
つまり、奴らはまだ離婚していない可能性が高いように考えられた。
「婚姻継続なら、本籍地は二人一緒に置いてるかもしれない。果穂の転居の履歴を照会できれば、それで二人の情報はある程度手に入る」
これで、奴らがどちらの家を頼ったとしても、調べた範囲までは追える。
車に乗って役所を目指す。
途中でコンビニに寄って、おにぎりを二つ買って食べる。
役所に着くと、なかなかの混雑だ。
入口には番号札を待つ人が並び、子供を連れた母親や、書類を抱えた老人が行き交っている。
窓口からは、住所変更や証明書について説明する職員の声が聞こえてくる。
その中を、俺は人を殺すための許可を得た人間として歩いていた。
「うん。うちとは大違いだ」
自分の職場と比べて、同じ公務員であるにもかかわらず、かなりの違いがある。
市民課を訪ねて、話を聞くことにする。
「すみません。本懐実行者なんですけどね、情報の照会をお願いしたいんですが……」
市民課の案内係だろうか?
窓口の外で市民に対応する職員に声を掛ける。
「あ、えーっと、認定証を確認したいんですけど、お持ちですか?」
俺はカバンから認定証を取り出し、職員に見せる。
「かしこまりました。それでは、別で案内しますので、番号札を取らずにお待ちいただけますか?どうぞ、お掛けになってください」
促されるままに椅子に座り、呼ばれるのを待つ。
待つ間も人の行き来を見ているが、かなりの人数だ。
(これはこれで大変そうだ。暇なのがいいのか悪いのか)
そんなくだらないことを考えていると、
「手塚様」
声を掛けられ、声の方に顔を向けると壮年の男性の職員が立っていた。
「どうぞ、あちらのお席へ」
席に案内されると、再び認定証の提示を求められた。
(徹底してるな。まぁ、個人情報の開示だし、仕方がない)
「それでは、本日は情報の照会、開示で、よろしいですか?」
「はい。そうです」
「では、こちらで開示できる情報について、ご説明致します。簡単に申し上げますと、戸籍にある情報のみ、ということになります。よろしいですか?」
「ええ、それでお願いします」
「それでは、開示の前に注意事項を説明致します」
1、本懐対象者のみの情報を開示する。
2、本懐を遂げるのに必要ではない情報は開示できない。
3、家族構成は原則開示しないが、本懐達成に必要な範囲と認められる場合、開示される
4、開示は口頭では行えず、書面をもって行う。
5、その書面の有効期間は、本懐を果たすまでであり、本懐を果たした報告の際に、報告した窓口に添付書類として引き渡すこと。
「以上五点になります。これらは本懐法に附属する省令に載るものとなりますので、くれぐれもご注意下さい」
「はい。あの、一点だけ、質問いいですか?」
「はい、どうぞ。なにかありましたか?」
「先ほどの三つ目なんですけど、昨日対象者の所在地の確認で、現住所に行ってきたんですが、どうも不在のようでして……」
職員は顎を撫でながら考える素振りで、「なるほど……」と言って黙った。
「できれば、そうですね。対象者の転居の履歴と、本籍地に加えて、配偶者の実家なども加えていただけると……」
「対象者の配偶者は、本懐の実行に必要な情報ですか?」
「そちらに逃亡している可能性があると思うんです」
「しばらくお待ちいただけますか?開示範囲の拡大について、検討してまいります」
職員は奥に引っ込むと、なにやら話をしている。
あ……電話を取った。
沼田宅に電話?
それとも誰か住所確認に行かせる?
あるいは更に上の役職に確認?
(住確はさぁ、時間かかるからさぁ。ちゃっと行こう、ちゃっと)
しかしそんな思いは通じず、かなりの時間を待たされた。
貧乏ゆすりの回数は一万回を超えたに違いない。
「お待たせしました。長らくお待たせして申し訳ありません」
「いえ、で、どうでしょう?」
「そうですね。結論から申し上げると、配偶者の情報は実家の住所のみ、となります。これ以上の開示は認めない、という判断になりました」
「ありがとうございます」
「それでは、改めまして、開示を求める情報をこちらにお書きください」
そうして渡された紙に、欲しい情報を列記していく。
1、沼田果穂の転居履歴
2、沼田果穂の実家住所
3、沼田隆市の実家住所
(とりあえず探す場所は、一旦この三つでいい)
「かしこまりました。それでは、書面にしてお渡ししますので、お待ちください」
その後すぐに書面にまとめられた情報が手渡された。
「こちらの用紙の内容は、複写・複製が禁止されています。万が一、それらを行った場合は処罰の対象となりますので、ご注意ください」
「…………」
「聞いてますか?」
「…………はい」
「どうしました?」
「あ、いえ!大丈夫です!」
それだけ言うと、急いで車に戻った。
肩で息をするほどに走ってきた。
そして改めて開示された情報を確認する。
沼田隆市の実家は、県外。
しかもかなりの遠方。
日帰りでは無理だ。
しかし沼田果穂は、隣の市。
一般道でも一時間程度で到着する。
「ここじゃねぇの?」
直感を信じて果穂の実家に向かう。
「いや、ここだろ。公判に来れる距離……頼れる親戚……他にあるか?」
ないと思う。
沼田隆市は他県から来た人間。
この辺りに親戚がいるとは思えない。
「頼るなら、果穂の親戚だろ」
既に日は傾いている。
「とりあえず実家の場所だけでも確認しておきたい」
車を走らせる。
昨日からずっと同じことを繰り返している気がした。
家を見つける。
いない。
調べる。
それだけだ。
(これでいなかったら、どうする?)
隆市の実家は遠すぎる。
果穂の実家が駄目なら、次はまた別の場所を探すしかない。
そう考えると、少しだけ気が重くなった。
だが──
「まぁ、行ってみりゃ分かるか」
やっと着いた頃には日はもう落ちかけていた。
少し古い一軒家。
表札を見ると「沼田」ではない。
(やっぱり実家か。実家なら、別居してるかもな)
車を降り、家の前まで歩く。
インターホンに手を伸ばそうとした、そのときだった。
「あの、うちになにか?」
そう声を掛けられ、驚いて後ろを振り返る。
──沼田果穂だ。
公判で何度も見た顔がある。
そしてその横には沼田隆市がいた。
「なんで?お前も一緒にいる?」
沼田夫婦は、手をつないでそこに立っていた。




