第7話 転廻
※本作はフィクションです。
作中に登場する「本懐法」その他の法律・制度・行政手続等は作者による創作であり、実在する法律・制度ではありません。
また、実在する人物・団体・事件等とは一切関係ありません。
沼田隆市。
紗奈と、紗奈を殺した沼田果穂を結ぶ接点。
こいつは市内の住宅地に一軒家を持っている。
少なくとも現住所はそうだ。
「ここだな」
今の時刻は13時25分。
住宅街は、昼下がりの静けさに包まれていた。
道を歩く人もほとんどいない。
遠くから、どこかの家のテレビの音がかすかに聞こえる。
「中にいるのか?」
退職したとのことだが……再就職したのか?
状況が状況だけに、この辺りではかなり難しいはずだが。
小さな市だ。
噂はすぐに広まるだろう。
「どうする?白昼堂々、乗り込むか?」
誰も聞いていないのに、独り言がついつい出てしまう。
ハンドルを握る手は、手汗でベタベタになっている。
(どうするべきだろうか……今、とりあえずインターホンだけ押すか?)
外から伺った様子では、中に人がいるかはわからない。
こちらから見える全ての窓は、カーテンが閉じられている。
カーテンが揺れる様子もない。
「インターホンだけ押して、反応を見てみるか……」
意を決して車から出る。
沼田家は、周囲の家と何も変わらない一軒家だった。
庭も荒れてはいない。郵便物が溜まっている様子もない。
それなのに、人が住んでいる気配だけがなかった。
家のインターホンを押して反応を確かめる。
──物音は聞こえない。
もう一度押す。
「すいません!電力会社の者です!点検に伺いました!」
もちろん嘘だ。
これくらいなら……まぁ、別に問題ないだろ。
──反応はない。
(いないのか?)
嘘をついて釣り出そうとしたが、どうやら不在らしい。
(どこに行った?)
「いないかぁ……隣近所に聞いてみるか?」
(しかし、狭い街だ。近所付き合いはおそらくある。そう考えると、なにか情報が得られるかも?)
確かに本懐法には第25条に妨害行為を禁じる条文がある。
(それでも直接的な妨害だけだ。情報を忘れたふりをすることまで妨害とは言いにくい。拡大解釈すぎる)
話半分。
当てになる話が聞けるかは不明。
(少し、時間を空けて様子を見に来るか?)
俺はまた日が暮れてから、ここに戻ってくることにして、一度その場を離れた。
それまでの時間を潰す間、俺はとりあえず道具の準備をする。
刺す、にしても自分の家の包丁は嫌だ。
家に帰ってから、その包丁で食事の準備をしようとは思えない。
新しく買うことにする。
だが、何度も刺すわけにはいかない。
(遺体の損壊はダメだ。息の根を止めるまで。そこまでだ)
郊外の大型ホームセンターに向かう。
店内では、家族連れが楽しそうに商品を眺めていた。
園芸用品の前では、老夫婦が何かを相談している。
子供が走り回り、店員がそれを注意している。
その中を、俺は人を殺すための道具を買いに歩いていた。
目当てのものを見つけてレジに向かい、ポイントカードを出すのも忘れない。
「まさかなぁ、日用品以外でここの世話になるとは思わなかった」
(経費精算のときってポイント記載のレシートでもよかったかな?)
条文の細かな記載が気になり、車の中で条文を調べる。
「しかし、やることがないな」
昼寝、という気分でもない。
仕方がなく、スマホを取り出して動画を見漁る。
「うん。仕事中と変わらんな」
暇な部署。
やることのない日常。
本懐の実行者になっても、やってることはいつもと変わらない。
それがとても可笑しかった。
(はぁ……なにやってんだろ。俺)
気分の浮き沈みが激しくなるが、時間が過ぎるのはいつも通り遅い。
日暮れまでまだ時間はある。
(早いけど、戻ってみるか)
沼田の家に戻ったが、変化はない。
仕方がなく、道行く人に尋ねてみる。
「すみません。ちょっとお聞きしたいんですけど」
「え?」
「あちらのお宅の方って、いつ頃お帰りになるのかな?って。あ、僕、沼田さんの前の会社で同僚だったんですけど、どうしてるか気になって……」
沼田の家を指さして聞く。
年配の女性、買い物帰りだろうか。
呼び止められて多少不機嫌そうだ。
「さぁ?ちょっとわからないですね」
「あー、そうなんですか」
「最近見てないよ、沼田さん。ずっと前から」
「え?ずっと帰ってないんですか?」
「んー、帰ってないかはわからないけど、結構前から顔は見てない、かなぁ?」
「え?」
晶は思わず聞き返した。
「ずっと前って……どれくらいですか?」
「さぁ……半年くらいじゃない?」
「半年……」
「奥さんも一緒に見なくなったねぇ」
「……奥さんも?」
「うん、そう。二人とも」
女性はそう言って、買い物袋を持ち直した。
「仲良かったんだけどねぇ。最近は全然見ないよ。居づらいんじゃないの?事件があったでしょう?」
「……そうですか」
晶は沼田家を見た。
閉じられたカーテン。 人気のない家。
(じゃあ、二人ともどこにいる?)
半年………
事件後、しばらくしてから。
公判中だったはずだ。
少なくとも、自由に長期間出歩ける状況ではなかったはず。
海外は、可能性としてなくもない。
だが、薄いな。
半年も近所に姿を見せていない。
「すみません。ありがとうございます。一旦会社に戻って確認してみます」
頭を下げて車に戻る。
ホテル?
いや、半年も連泊できるか?
いい辞め方じゃなかったはずだ。
貯金を潰せばいけるのか?
果穂は専業主婦って公判では言っていた。
つまり資金は隆市側だ。
生活資金でモメる夫婦が連泊?
──考えにくいな。
「裁判に出廷できる場所にはいるはずだ。そう考えるのが、今のところは自然か……」
ひとまず、この場は離れよう。
暗くなってから、明かりがつくかを確かめに来たほうがいいな。
それまでは離れて、沼田夫妻の情報の開示を求める場所を探してみよう。
役所か……時間的に厳しいな。
時間通りに閉まる。
到着する頃には、時間外だ。
本当に帰っていないのなら、この役所は明日になる。
「そうなると、面倒なんだけどなぁ」
そう言い残して、一度その場を離れた。
──その夜。
22時頃から再び沼田家が見える位置に車を停める。
この時間になると、住宅街から人の気配が消えていた。
街灯だけが一定の間隔で道路を照らしている。
沼田家の窓は、相変わらず暗い。
23時。
0時。
1時。
時計を見るたび、数字だけが進んでいく。
2時を過ぎても、何も変わらなかった。
「ホントにいねぇの?」
そのまま時間は過ぎて、3時頃まで様子を見ていたが、明かりがつくことはなかった。
張り込みの途中、不審者として警察を呼ばれたが、認定証を見せると静かに立ち去った。
「本懐の申請者ですか?」
「はい。認定証もあります」
警察官は認定証を確認すると、しばらく黙っていた。
「……対象者の自宅ですか?」
「はい」
「わかりました。ただ、近隣から通報が入っていますので、長時間の滞在は控えてください」
「分かりました」
それだけだった。
「じゃあ、最後にこれだけ」
最後に深夜とわかっていてインターホンを鳴らす。
中にいるなら反応があるはず。
迷惑行為だからな。
──反応はないな。
「仕方ない。明日か」
一度ここを離れよう。
明日出直しにして、沼田果穂に関して調べてみよう。
「今日はもう遅いしな。ホテル、空いてるか?」
この日は結局マンガ喫茶で夜を明かすことになった。




