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第6話 害廻

※本作はフィクションです。

作中に登場する「本懐法」その他の法律・制度・行政手続等は作者による創作であり、実在する法律・制度ではありません。

また、実在する人物・団体・事件等とは一切関係ありません。



「緒川さん、すみません。書けました」


晶は書き終えた申請用紙を手に、緒川を呼んだ。


「おお、わかった。じゃあ、今から確認するからね。まあ、分かってると思うけど」


緒川は申請用紙を受け取る。


「必要なことですからね」

「まあ、そうだな」


緒川は用紙に目を落とした。


「本懐の内容は──【殺害】。間違いない?」

「はい。お願いします」

「対象者は、沼田果穂」


緒川が読み上げる。


「はい。間違いありません」

「うん。それじゃ、これからいくつか確認するから。ここで読み上げる事項に違反すると、本懐資格の失効になるからね」

「はい」


淡々と注意事項が読み上げられていく。

そして、本懐法に定められた失効事由。

晶は一つずつ答えていった。


何度も説明してきた内容だった。

今までは、窓口の向こう側にいる申請者へ説明していた。

今日は、自分が説明を受けている。

やがて確認が終わる。


「じゃあ、これで申請手続きは完了。あとは認定証が出るまで、ロビーで待ってて」

「わかりました」


晶は立ち上がった。

自分が何度も見てきたロビー。

そこには、本懐を求めて訪れた人間たちが座っていた。

今日は、その中の一人が自分だった。


晶はロビーの長椅子に腰を下ろした。

窓口の向こうでは、職員たちがいつもと変わらない顔で仕事をしている。

パソコンのキーボードを叩く音。

書類をめくる音。

暇な毎日でも、こうやってたまに仕事があればその瞬間は仕事をしているように見えるというのは、なかなか新鮮な体験だ。


つい昨日まで、俺もあちら側にいた。

視点が変われば見え方が変わるというのは、こういうことだろうか?


「……変な感じだな」


ほんの数メートルしか離れていない。

それなのに、今日は妙に遠く感じる。

この椅子に座っている人間を見て、必要な手続きを案内する側だった。


今日は、自分が案内される側だ。

それだけの違いなのに、窓口の向こう側が別の場所に見えた。


改めて見ると、やはり人が少ないな。

それだけ重大事件が少ないということだろう。

逆にここに来る人が多い世の中というのは、想像したくない。


(紗奈は、数少ない重大事件に巻き込まれたか……運が悪いのか?因果応報か?)


スマホを開いてみても、紗奈からの連絡はない。


(死んで一年以上経つんだ。連絡なんかあるわけない。それでも、あんな連絡でも、無いよりマシだったな………)


「手塚、お待たせ」


緒川さんに呼ばれ、窓口に向かう。

そこには見慣れた認定証があった。


「今日はお前、受け取る側だな」

「はい」

「あのな、こういうことを言うべきじゃないんだろうけどな」

「え?……なにか?」


緒川さんは俺の目を見て言った。


「しっかりやってこいよ」

「…………」

「大事な身内だったんだ。行ってこい」


窓口で本来の言うべきではない言葉だった。

職員の規定というわけではないが、それでも倫理というか、そういうもので皆避けていた言葉だ。


「はい」


俺は一言だけ返事をして認定証を受け取った。


沼田果穂の【殺害】


それが果たすべき目的。

待ち望んでいた。

この一年、この認定証をとにかく待っていた。


認定証は、渡す側にいたときよりも薄く感じた。

もっと重いものだと思っていた。

受け取る側と渡す側では、なにか違うのだろうか。


白い紙に印刷された文字。

本懐対象者の氏名。

申請者である俺の氏名。

そして、認定を示す文言。

それだけだった。


「これで……殺していいんだよな」


口に出してみると、妙に現実味がなかった。

紙一枚で、人を殺す資格が生まれる。

その紙を、俺は両手で持っている。


「やっと、だな……」


『それじゃなくて!金貸してよ!』


窓口で認定証を眺めていると、なぜか紗奈の声が聞こえたような気がした。


(まぁ、いいさ。遊ぶのに金はもういらないだろうし)


笑みをこぼした俺に、緒川さんが声を掛ける。


「なぁ、大丈夫か?」

「え?ああ、大丈夫ですよ」

「本当か?本当に大丈夫か?」

「大丈夫です。行ってきます」


窓口に差し込んでいた朝日は、いつの間にか昼近くになっていた。

職場を出て駐車場に向かって歩く。

私服での職場というのは、中々に新鮮だった。


「つーか、長ぇな、この申請。もうちょっとどうにかならないかな?不便すぎる」


利用する人間になって、初めて気がついた。

職員として数件の処理をしたが、仕事だからか処理をしている時間は気にならなかった。

しかし、利用する側になるとこんなにも待たされたと思うのか。


「細かい規定が多すぎるんだよなぁ。まぁでも、細かくするのも仕方ないか。復讐を許す制度だし」


グチグチと独り言を呟きながら、車に乗る。

改めて認定証を見て、『沼田果穂』の名前を確認する。


「よし、とりあえずどうするか?」


沼田果穂は執行猶予付きだ。

刑務所にはいない。

まずはどこにいるのか確かめるのが先だ。


「会社……かなぁ?そういえば離婚がどうのって……」


裁判では、旦那の沼田隆市が紗奈に金を渡していたことで、金欠になって離婚の話し合い中と言っていた。


「とりあえず、会社に行くか。沼田隆市は、まだあの会社にいるのか?」


あれだけの事件に発展したのに、同じ会社に勤め続けているか疑問だ。

同僚や部下の目もある。

社内不倫だけでも査定が厳しくなる。


住んでる場所に関しても、近所の目もある。

引っ越しも可能性として捨てない方がいい。


「探すところからかぁ……」


とにかく沼田夫妻、どちらか一人でも見つけなければならない。

まずはそこから、というのが俺の本懐の始まりだ。


ため息を一つついて、車にエンジンをかける。

必要なものは、都度仕入れる。

職員として制度は熟知してる。


「やるか」


車で沼田の勤める会社に向かう。

その会社は市内でもオフィスビルが立ち並ぶ一角にある。

駐車場に車を停め、社内の受付の女性に、沼田が在籍しているか確認する。


「あの、すみませんが、沼田隆市さんは、まだこちらにお勤めでしょうか?」

「え?………どちら様ですか?」


返って来たのは怪訝そうな顔と、明らかに言いにくいことを聞かれたような声だった。


「あ、すみません。私、手塚晶といいます。こちら、本懐の認定証です。情報収集、といいますか、ご存知のことがありましたら、教えていただけますか?」


認定証を見せると、どこかに電話をかけている。

内線だろう。

電話が終わると、俺に向き直った女性は、声のトーンを落として話した。


「……沼田さんについてですね?』

「はい。沼田隆市さんです」


女性は、ほんの一瞬だけ、息を呑む。


「……現在は、既に退職されています」

「退職?」

「はい。事件の後に」

「そうですか……やっぱり、そう簡単には見つからないか」


そう零したのも束の間、女性が話した言葉は、ヒントどころでは無い大当たりだった。


「ただ、引っ越した、という話は聞いておりません」


その言葉に「ありがとうございます!」とロビーに響くほどの声でいい、急いで車に戻った。


車に戻ると、車内は昼の熱がこもっていた。

エアコンを入れても、すぐには冷えない。

俺はシートに座ったまま、スマホを握った。

職員だった頃なら、こういう情報を扱うときには必ず手続きがあった。


本人確認。

利用目的の確認。

閲覧権限。

記録。

だが、今の俺に必要なのは、そういうものではない。

本懐を果たすために必要な情報を探す。

ただ、それだけだ。


「……知ってるんだよな。俺は」


本懐実行者が何を調べ、どこまで調べられるのか。

何をすれば問題になり、何なら合法なのか。

職員だった俺は、それを知りすぎている。


裁判記録や捜査記録のうち、被疑者、被告人の住所に関する記録。

勤務先。

事件当時の資料。

実行者専用アプリの情報照会。

勤務先。

事件当時の資料。

実行者専用アプリの情報照会。

職員だった頃なら、ただの記録だった。

今は本懐実行者。

職員とは違う。

一つ一つが、妹を殺した女へ辿り着くための手掛かりになる。

合法とされる手段は、全て使う。

妹を殺した女に辿り着くための情報だ。


「……使えるものは、全部使うか」


画面を操作する。

一つずつ情報を辿っていく。


そして──


「あった」


検索画面に表示された住所。


「沼田隆市……ここか。」


画面を見つめる。

そこには、沼田隆市の住所が表示されていた。


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