第4話 道廻
※本作はフィクションです。
作中に登場する「本懐法」その他の法律・制度・行政手続等は作者による創作であり、実在する法律・制度ではありません。
また、実在する人物・団体・事件等とは一切関係ありません。
警察署に着いて、遺体を確認した。
まさかこんなことをする日が来るなんて思わなかった。
警察署には何度か来たことがある。
紗奈が面倒を起こしたとき、引き取りに来たのだ。
両親ではなく俺に連絡するように、紗奈が警察に言うのが常だった。
遺体の安置されている部屋に着く。
白い布をめくった。
それは間違いなく紗奈だった。
確かに面倒な妹だった。
他人に迷惑をたくさんかけた妹だった。
借金ばかりして、俺にも何度も金をせびってきた。
それでも妹だった。
妹を殺したのは、沼田果穂。
妹の上司、沼田隆市の妻だ。
その後の調べや裁判は淡々と進んだ。
紗奈は隆市から金を巻き上げていた。
しかも一発いくらという金を設定していた。
そして隆市は紗奈に入れ込んで金を渡していた。
その金額は百万円を超えていた。
沼田夫妻は生活苦から離婚間近だったらしい。
それもそうだろう。
愛人を作れるほどの高収入ならともかく、一般的な中間管理職だ。
生活に支障が出るのは予測できただろう。
そんな最悪のタイミングで、紗奈の存在が発覚した。
そして、紗奈と沼田夫妻は話し合いの場を持つことになった。
そこで、紗奈と果穂でもみ合いになり、果穂は紗奈を殺してしまった。
沼田夫妻は救急や警察にもしっかり連絡しており、救護するために必要な措置を取ったと判断された。
その後の取り調べなどでも協力的であり、紗奈に対して貢いだ金額まで全て嘘偽りなく、銀行口座などからわかる範囲で証言していた。
さらに悪いことに、俺や両親に借りていた借金や、両親の肩代わり後も膨らみ続けた消費者金融の借金など、突っ込みどころしかない話題が裁判で取り上げられた。
紗奈は殊更悪者のように言われた。
俺や両親のどんな意見も、紗奈から受けた苦労のように言い換えられてしまった。
これらの結果、果穂には『傷害致死』の判決が下され、執行猶予が付いた。
「傷害致死、か………」
俺はその判決には納得できた。
裁判所の職員という立場からか、事件の概要だけをみれば、「まぁ、そうなることもあり得るよな」という内容だった。
だが、『妹の死』という、我が身に降り掛かった出来事と考えた場合、違う判断をしていた。
「本懐対象者の認定は………まだか?」
投票は締め切っている。
認定か。
否認か。
認定通知が届く時間は、過去の例からおおよそ分かっている。
なのに、今日は妙に遅い。
「……まだか」
職員としてなら、待つことに慣れている。
だが今日は違った。
一分一分が、ひどく長い。
〜本懐法 第16条〜
国民投票の定義
本法律において「国民投票」とは、刑事裁判における有罪判決の当否を判断するものではなく、本法律の適用対象者として被告人を認定するか否かを判断するものをいう。
2 国民投票の結果は、その後の控訴、上告及び再審等の公判における審議に影響を及ぼすものではない。
待ち望んでいたのかもしれない。
妹の死後、ずっと──
その瞬間を。
どうしようもない奴だった。
それでも、可愛い可愛い妹だった。
仏壇の前には、まだ新しい紗奈の遺影が置かれていた。
写真の中では、紗奈がいつものように笑っている。
「仇を討ってやる。だから、あの世で遊んどけ」
俺は遺影に向かって一人呟く。
まだ通知は来ない。
「まだか……まだか……」
認定通知が届く時間は、過去の例からおおよそわかっている。
もちろん、多少前後することはある。
そんなことは、職員である俺が一番よく知っている。
それでも、今日は妙に遅い。
そうして夜遅くになって、本懐法アプリの通知が届いた。
『本懐対象者認定のお知らせ』
『沼田果穂 認定』
「よし……これでやっと、だな」
事件から長い裁判が終わり、認定がなされた。
裁判は区切りというが、本懐法が制定されてから、この認定が一つの区切りになったように思う。
翌日、俺は朝イチで休みの連絡を入れた。
そして、職場に向かった。
今日は仕事じゃない。
本懐の申請だ。
朝の街は、いつもと変わらなかった。
通勤する人間。
信号待ちをする車。
コンビニの前に並ぶ自転車。
何も変わっていない。
変わったのは、俺だけだった。
「待ってろよ」
職場までの道のりは、なぜかいつもより早く着いたような気がした。




