第3話 願廻
※本作はフィクションです。
作中に登場する「本懐法」その他の法律・制度・行政手続等は作者による創作であり、実在する法律・制度ではありません。
また、実在する人物・団体・事件等とは一切関係ありません。
「はぁ……」
手塚晶は、その日ものんびり、というより、ただ時間を無駄に食い潰していた。
あれから妹の紗奈から連絡はない。
諦めたのだろう。
紗奈から連絡がないときは、決まって一ヶ月ほどは音信不通になる。
そして連絡が来るときは、だいたい金の無心かトラブル、この二つというのがお決まりのパターンだ。
『お前も紗奈には絶対に金を貸すな』
そうやって去年、親からきつく言われている。
既に数十万と貸した後だったのだが。
(もうこっちも首が回らん)
「ああ、今日も一日やることがない。激務は嫌だけど、これはこれできつい」
伸びをしながら呟いた言葉は、周りの職員にも聞こえていただろうが、誰も反応することはなかった。
(しばらく平和だろ。なんにも起きないでほしい)
そう願って午後を迎え、日が傾き出した。
今日も誰も訪れない窓口では、新聞を読み終わった管理職が何をするでも無く腕を組んでいる。
壁の時計の秒針だけが、カチ、カチと音を立てていた。
(時計ってこんなに進まなかったか?激務の部署だった頃はこんな事考えなかったけどなぁ)
あの頃は無風の平穏こそ至高と思っていたのだが、いざこうなってみると勝手なものだ。
そんな日常を切り裂くように、晶のスマホが鳴った。
画面に表示された番号を見て、晶は眉をひそめた。
見覚えのある特徴の番号だった。
警察だ。
(警察?なんで?紗奈がなんかしたか?)
「はい、手塚です」
『手塚晶さんでしょうか』
「はい」
『突然のお電話で申し訳ありません』
「……何か?」
『手塚紗奈さんについて、お尋ねしたいことがありまして』
「妹が?」
『はい』
「何かやったんですか?」
そこで電話口の警官は口ごもる。
(あのバカ。次は何をした?)
これまでの数々のトラブルを思い返す。
酔って喧嘩するなどよくある話。
終電で寝て車庫まで迎えに行くこともあった。
(食うに困って食い逃げ?万引きは……そんなもん高校生で辞めてるだろ……なんだ?)
『先日うちの管内で起きた事件で亡くなった方について、妹さんの身分証を所持しておりまして……ご確認をお願いしたいのですが……』
「はぁ?」
『大変申し訳ありませんが、お時間の都合をお聞きしてもよろしいでしょうか?いつ頃お越しいただけますか?』
理解が追いつかない。
死んだ?
いや、間違いという可能性もある。
どうしようもない奴だが、妹だ。
まだ26歳、死ぬには若すぎる。
事件?で亡くなった?
その遺体?
どこで?
どう見つかったんだ?
(……警察がこうやって電話するときは、だいたい当たりはついてるはず……)
頭が妙なところでフル回転する。
(もし、妹だったら――)
だが、晶はその先を考えるのをやめた。
「あの!なんで?どういう事件ですか!?」
『すみませんが、電話では申し上げられません』
「行きます!今!すぐ行きます!」
電話を切ってすぐに上司の元に向かって早退を告げる。
「すみません!妹が!すみません!あがります!」
キョトンとする上司を置き去りにし、カバンを掴んで裁判所を飛び出した。
階段を駆け下りる。
靴音がやけに大きく響いた。
駐車場に着いて車の前に立つ。
鍵がない。
「……なんでだよ」
ポケットを探る。
「ない!なんでない!?」
カバンをひっくり返し、バサバサとカバンを揺らす。
コンクリートの上に、カバンの中身がバラバラに散らばった。
「なんでだよ!なんで!?」
駐車場に這いつくばって、散らばった物を確認していく。
「どこいった?……鍵!鍵は!」
やっと鍵を見つけ、ドアを開けると、放り出したカバンの中身を車内に乱暴に投げ込む。
座席に座ったが、鍵を刺そうとする指が震える。
「ふぅ……」
一呼吸置いて、荒い息を整え、落ち着こうとする。
だが、指の震えでエンジンをかけるのも手間取る。
「頼む……」
誰に向けた言葉なのか、自分でも分からなかった。
車を急発進させ、警察署へ向かった。
赤信号で車を停める。
ブレーキを踏む足に力が入る。
(違う。紗奈じゃない。似ているだけだ)
そう思おうとした。
だが、警察はわざわざ俺に電話をしてきた。
(頼むから、いつものように金を貸してくれって言ってくれ)
そうすれば、いくらでも文句を言ってやる。
もう貸さないと、何度でも言ってやる。
だから――
(なんで!?この信号こんなに長かったか?)
赤信号はまだ変わらない。
ずっと赤色のまま変わらないのではないか。
そう思えるほど、信号が長く感じた。




