第2話 望廻
※本作はフィクションです。
作中に登場する「本懐法」その他の法律・制度・行政手続等は作者による創作であり、実在する法律・制度ではありません。
また、実在する人物・団体・事件等とは一切関係ありません。
深夜の繁華街。
「欲望渦巻く街」などと呼ばれたのも、今は昔。
風営法による規制が厳しくなり、かつてほどの勢いはないが、賑やかな街並みは今なお健在。
法令を意識して営業する店もあれば、規制の隙間を縫うように営業を続ける店もある。
ネオンが綺羅びやかな看板。
呼び込みの男たち。
手製の案内パネルを持つ女たち。
店から出てくる酔客。
「また明日ね〜」
そう言って店から出てきた女は、スーツ姿ではあるが、かなり着崩していて道行く人々の目を引いた。
フラフラと歩き、時折ビルの壁に寄りかかる。
「飲み過ぎちゃったかなぁ〜」
酔いが一番気持ちいいところまで来ていたのだろう。
ふふっと笑みを浮かべて、ついには座り込み、すやすやと寝息を立て始めた。
季節は秋から冬に向かう頃。
夜の風は十分に冷たい。
その風に乗って落ち葉が彼女の顔にあたるが、そんなものなど目覚ましにもならない。
「ちょっと!お姉さん!大丈夫?」
見かねた通行人が声を掛け、返事がないのを見て通報した。
駆けつけた警官は、彼女の肩を揺らすが返事はない。
「ダメだな。保護か?救急?」
「寝てるだけなら保護だけどなぁ。返事ないし、救急車呼ぶか?」
「呼んどこうか。警察来たけど、放っておいて死んでました、ってのはヤバいしな」
彼女が目を覚ましたのは病院だった。
「どこよ?ここ」
見覚えのない天井。
白い壁。
消毒液の匂い。
腕には点滴の管が繋がれている。
とりあえず起き上がり、ベッドから降りた。
カラカラと、点滴スタンドを引きずりながら病室を出て、看護師に声をかける。
「ねぇ?ここどこ?」
後ろから声を掛けられた看護師が、ビクッと肩を上げ、振り返った。
「あ……え?病院です。覚えてないですか?」
「全く。全然」
「深夜4時頃に急性アルコール中毒の疑いで救急車でこちらに運ばれたんですけど……」
「誰が?」
「あなたです。手塚さん」
こうして手塚紗奈のその日は始まった。
既に日は陰っていたが。
「ヤバいって!仕事!電話しないと!」
病室に戻って持ち物を漁り、スマホを取り出して確認する。
着信5件。
(やべぇ……無断欠勤は、やべぇ)
既に何度も無断欠勤している。
これ以上は流石にまずい。
そろそろ勤怠を理由に訓告以上の処罰があるかもしれない。
(隆ちゃんに頼もう。うん、仕方ない)
「おはよう。隆ちゃん、ごめんね。昨日体調悪くて、今病院なの。うん、点滴につながれててさ。明日は仕事行けると思うから」
電話の相手は沼田隆市。
紗奈の直属の上司、課長だ。
隆市は既婚者、そして紗奈とも付き合っている。
つまり不倫中だ。
「ごめんてぇ。何とかして!お願い!」
勤怠を誤魔化すように頼み込む。
(一回くらいタダでヤラしてあげればいいはず)
紗奈は隆市から金を引き出し、その金でホストに通っていた。
親からはもう金は借りられない。
『出禁だ!馬鹿野郎!』
一年以上前に実家は追い出されている。
消費者金融の借金などで首が回らなくなり、親にそれがバレてしまったのだ。
親は一度、借金を肩代わりしてくれた。
それで全ての借金はなくなったはずだった。
しかし、それでも紗奈は懲りなかった。
その後も何度か親から金を借り、その金でまたホストに通った。
最初はスマホの数ヶ月分の代金と言って借りた。
次は家賃が足りないと言った。
数ヶ月のうちに貸す金額は膨れ上がった。
問い詰められた紗奈は、不貞腐れながらホスト通いを白状した。
『まだわかってなかったのか!?』
親は紗奈に貸した金が返ってくることを諦めた。
そして追い出された。
スマホを弄りながら、何度も欠伸をする。
ネイルの剥げた指で画面を叩き、ホストからのメッセージには嬉しそうに笑う。
そして気がつく。
「あれ?今金ないけど、病院ってツケできるのかな?」
彼女の財布には、現金どころかクレジットカードもない。
「ねぇ!ちょっと!そこの看護師さん!」
病室から声を張り上げて、通過した看護師を呼びとめる。
「点滴ってこれ、いくらするの?」
「え?」
「お金ないんだけど」
「……退院時に説明します」
一瞬だけ悩んだ様子で、紗奈は軽く呟いた。
「オッケ。兄貴に借りよう」
紗奈は軽い気持ちで兄、手塚晶にラインを送る。
親との関係が悪くなってから、紗奈が連絡を取る家族は晶だけになっていた。
「金貸してっと。これで良し」
悪気はない。
ただ、これが紗奈の日常だった。
迷惑をかけているという意識は少なからずある。
だが、だからどうしろという答えのようなものを紗奈は持っていない。
自分ではどうにもならないことを、他者に頼っているだけ。
そういう認識だった。




