第1話 縛廻
※本作はフィクションです。
作中に登場する「本懐法」その他の法律・制度・行政手続等は作者による創作であり、実在する法律・制度ではありません。
また、実在する人物・団体・事件等とは一切関係ありません。
「おはようございます」
職場のドアを開ける。
「おはよう」
返事は返ってきた。
ただ、それだけだった。
窓から差し込む朝の光が、誰も座っていない机を照らしている。
誰もこちらを見ない。
コピー機すら動いていない。
俺も自分の席に座り、パソコンの電源を入れる。
今日も、やることはない。
ここは本懐法の申請窓口。
俺はその職員だ。
はっきり言って、暇な部署。
この窓口を訪れる人間は、年間に十数人程度。
人口の多い地域でこそ独立した窓口が設けられているが、地方都市では他部署との兼務になっているところも多いらしい。
いわば、姥捨山だ。
「はぁ……」
パソコンの画面を見る。
今日も予定表は真っ白だった。
暇だ。
配属されて一年。
前の部署で大きなミスをした記憶はない。
何か悪いことをしたわけでもない。
(なんで、俺がここに?)
転属願いを出してみた。
通るかどうかはわからない。
経験を積むという意味なのかもしれないと思ったが、ここまで暇では積む経験があるのか疑問だ。
「はぁ……」
公務員だから続けているだけ。
この立場を手放すつもりは今のところない。
裁判所に勤務していて、ここで暇を潰す。
公務員だ。
暇潰しでも給料はもらえる。
それだけでいい。
(俺、なんかしたっけ?)
そうは言っても姥捨山にいると、過去の失敗などが頭をよぎる。
何がダメでここに配属されたのか?
そんなことを考えてしまう。
ピコン──
スマホの通知が鳴る。
妹の手塚紗奈からのラインだ。
「またか……こいつだけは、どうにもならんな」
金の催促だろう。
借金大魔王め。
『お金貸して』
画面に表示されたのは短い、というか一言だけ。
『無理』
『なんで?』
『これ以上は貸せない』
『無理』
『お前が無理とか言うな』
『一万円でいい』
金食い虫よ、一万円は大金ですよ……
何を考えて、一万円『で』いい、になるのか。
一万円もあったら何日食べられると思ってる。
『知らん』
『ケチ』
『なんとでも言え』
『地獄に落ちろ』
返事を返せばすぐに返される。
面倒になって画面を閉じたが、何度も連続でラインは鳴り続けた。
「しつこいな……」
スマホを伏せる。
それでも、机の上で通知音が鳴り続ける。
ピコン。
ピコン。
ピコン。
俺はため息をついた。
静かな職場でこれだけ鳴れば、周りの目も気になる。
結局、無視しきれない。
『うざい』
その一言を返してスマホの電源を落とした。
これでしばらく妹から解放される。
プルルルップルルルッ
久しぶりにデスクの電話が鳴った。
静かな室内に、電話の音だけがやけに大きく響いた。
「はい。本懐申請窓口、手塚でございます」
『あの……本懐の対象者について聞きたいんですが……』
「対象者ですか?申し訳ありませんが、お電話口は実行者の方ですか?それとも、あなたのお身内の方が対象者に認定されたんですか?」
『あの……えっと……』
(わかるよ。わかる。どっちにしても答えにくいんだよね)
時々このような電話はかかってくる。
基本的にはお役所仕事。
答えられることは答えるし、答えられないものは答えられない。
──やがて夕方になり勤務時間が終わる。
定時での退勤。
裁判所を出ると、夕方の街は仕事帰りの人間でそれなりに賑わっていた。
だが、俺には関係ない。
今日も今日とて暇だった。
これが本懐申請窓口で働く俺、手塚晶の日常だ。
「そろそろいいか。俺の暇潰しを奪いやがって」
晶は、暇な一日を過ごす遊び道具──スマホの電源を入れた。
その瞬間にラインの通知が入った。
連続で音が鳴り、しばらくして通知が止まった。
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「こっわ……」
晶は再び画面を閉じた。
「ほっとこ」
そう呟いて、家路についた。
(返信は、明日でいいか)
面倒事は後回しだ。
どうせ明日も解決しない。
明日も解決しないなら、きっと明後日も解決しないさ。




