第9話 帰反 了
※本作はフィクションです。
作中に登場する「本懐法」その他の法律・制度・行政手続等は作者による創作であり、実在する法律・制度ではありません。
また、実在する人物・団体・事件等とは一切関係ありません。
今日が七回忌だ。
「親父、あれから七年だ」
そう言って江島慶一は線香をあげた。
あれから七年。
母は本懐法第25条の妨害行為で捕まり、まだ刑務所の中にいる。
通報したのは俺だ。
あの場で弟の康二を引き渡しさえしていれば、逮捕されることはなかった。
そうなるようにはしなかった。
「みんな勝手だよな」
妻とは離婚した。
本懐の申請をしたことで、やはり世間は「法の私物化」と騒いだ。
権利をチラつかせて、飛びついたら手のひらを返した。
選挙に出ることも叶わなくなった。
そんな評判の悪い奴を推したくはないのだろう。
政治家への道がなくなった俺を、妻は捨てて出ていってしまった。
「全部なくなった。ごめんな」
狭い部屋で一人仏壇に向かう。
あの家族で過ごした家は引き払った。
相続税やら何やらと言われ、維持できなかった。
「なんにも残ってない」
あるのは仏壇と遺影、位牌。
そして、認定証。
「仕方ないよな……」
認定証をカバンに入れ、玄関を出る。
「今年は帰ってくるかな?」
向かう先は、兄弟が過ごしたあの家だ。
家は空き家のままだ。
売ろうにも場所が良すぎて売れない。
というか、事故物件だ。
それも大々的に報道されている。
引き払ってしばらくしてから不法侵入などが多発したらしい。
肝試しだろうな。
「ひでぇな……これ」
庭先の木は生い茂り、道にはみ出している。
「ここまで伸びたら迷惑だろ。管理しろよ」
一人でブツブツといいながら、家に向かって手を合わせる。
親父の顔が浮かぶ。
(親父、ごめんな……もう一回でもチャンスがあればなぁ)
顔を上げ、振り返る。
(今年も……来なかったか)
慶一は一人ボロボロの家の中に入っていった。
──兄さんがいた……
名前を呼ばれたような気がした。
帰国して、少しだけ家の様子を見に行くだけのつもりだった。
母さんは元気だろうか?
兄さんは政治家になっただろうか?
兄さんに子供は生まれただろうか?
そんなふうに、あの生まれ育った家は、きっと変わらず幸せなのだろうと思っていた。
遠くから見ることができれば満足だった。
「………なんで?」
家はボロボロになっていた。
廃屋?廃家?とでも言うのだろうか。
全く誰も住んでいないどころか、管理もされていないように見えた。
「どういうことだよ」
生い茂る草をかき分けるようにして家に入った。
空き家になってかなりの時間が経っていたようだ。
ドアも窓もボロボロだ。
「え?なんで?無茶苦茶じゃないか」
まるで心霊番組に使われるような有様だ。
もっとひどいかもしれない。
廊下の床は痛んでギシギシ鳴る。
壁には雨漏りのあともあった。
「どうして……こんな……」
所々に落書きもされている。
「人の家に、好き勝手しやがって」
家の中を見て回って、二階に続く階段にたどり着く。
俺が父さんを殺した階段だ。
「え……」
俺が父さんを突き落とした階段。
そこには、兄さんがいた。
ぶら下がっていた。
ロープで首を吊り、ユラユラと。
「ウソだ……」
俺はその場で膝の力が抜けた。
ストンと崩れるように座り込んだ。
「え……兄さん?」
ここには俺の考えていた家族たちの暮らしはなかった。
もう何年も無かったのだ。
理解できた。
俺が全て壊したんだ。
俺が全部をダメにしたんだ。
兄さんの揺れる体の下に、本懐法の認定証が落ちていた。
俺を殺すための証。
それを見ても、何もわからなかった。
どうして兄さんが死んだのか。
その理由はわからない。
いつも完璧で、いつも俺に背中を見せていて、絶対に追いつけない存在。
追いついてはいけない存在。
その兄さんが、俺に背を向けて吊るされている。
もう家はボロボロだ。
人が住めるような状態ではないし、住んでいたらこうはならない。
兄さんはなんでこんなところにいたんだろうか。
何を思って、俺を待っていたのか。
何もわからなかった。
ただ、俺の知らないところで、家族はとっくに終わっていたんだ。
そして、俺が帰ってきたときには、もう何も残っていなかった。
きっと、もうずっと前から。
何も、なかったんだ。
〜本懐法 第13条〜
資格の失効
次に掲げる場合には、本懐実行者の資格は失効する。
本懐実行者の資格の失効は、当該事件について再び申請することができないものとする。
一 本懐申請書に申請者自ら記載した期間内に達成しなかったとき。
二 本懐申請書に故意に虚偽を記載をして資格を得たとき。
三 本懐実行者が申請した本懐の内容の変更又は撤回を申し出たとき。
四 本懐を達成する前に本懐対象者が死亡したとき。
五 本懐を達成する前に本懐実行者が死亡したとき。
六 その本懐の対象となる事件について、他の者が本懐を遂げたとき。




