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第7話 離反

※本作はフィクションです。

作中に登場する「本懐法」その他の法律・制度・行政手続等は作者による創作であり、実在する法律・制度ではありません。

また、実在する人物・団体・事件等とは一切関係ありません。



「慶一、すまんが、手伝ってくれないか?」


それが父、慶介から言われた言葉だった。

あまりにも軽く、家の手伝い程度かと思うくらいの、そんな拍子抜けするような誘い方。

この一言で江島慶一は慶介の秘書になった。


慶介はいわゆる世襲議員だ。

父親、つまり慶一にとって祖父にあたる江島慶太郎も議員だった。

慶一はこの誘いに乗り、勤めていた会社を辞めた。

行く行くは慶一も慶介の後を継ぐ。

そう誰もが思っていた。


祖父から続く江島家。

その家を継ぎ、父の思想を継ぎ、次代に立つ。

それが慶一の目標であり、父に見せる姿の理想像だった。


振り返れば慶介は優しくもあったが、とても厳しい父親でもあった。


「おい、成績が落ちてるぞ。努力が足りん」

「考えるということは、現状を見ることじゃない。その先、一手二手先を見ることだ」

「お前に足りないのは、先を見ること。全てのことには相手がある。相手が何を考えてるのか読む力が圧倒的に足りん。それが成績にも出てる」


なにを見てそう言ってるのか理解はできなかった。


「だが、足元を固めるという面では秀でてる。それは認める」

「寝技を覚えろ。根回しだ。それでお前は一つも二つも前に進める」

「苦手なことは他人に任せろ。得意なやつがやればいい。お前には向いてない」


言い方は直球だが、やってみればうまくいく。

そういう育て方だった。


「康二なんてどうだ?あいつはお前と違う視点がある。あいつを使ってみるのは、俺はありだと思うぞ?」


何を言い出すかと思えば……

もっての外だ。

康二、康二、二言目には康二か。

どうしてそうなるんだ?

俺が至らないのはわかる。

でも、なんで康二なんだ?

そんなに俺じゃ足りないのか?

期待に応えられるように頑張ってきたじゃないか。


「俺はあいつとは違う。認めるけど、それは無理だ。あいつは……無理なんだ」


康二だけはダメだ。

あいつを認めることは、俺を否定することになる。

そう思った。


康二は何でもできた。

勉強も、運動も、それ以外のことも。

俺が優等生と言われて努力して積み上げたものを、ヒョイッと何の気なしに跨いで行ってしまう。

そんな奴だった。


全てを軽くこなす。

全てを卒なくこなす。

全て飛び越えていく。


羨ましいと思った。

そして、同時に憎たらしかった。


なんであの才能が俺にないんだ?

俺が一人で部屋に籠る間、あいつは外で遊び回っている。

少しでも成績を上げようと努力する傍らで、遊び呆けていびきをかいている。


許せない。


だから康二が大学を卒業して、家を出るといったときは嬉しかった。

これで目障りな奴が目の前から消える。


『いいんじゃないか?』


俺はその一言を言って賛成した。


康二はやけに嬉しそうだった。

だが、俺はもっと嬉しい。


これで康二が家を出れば、この家のレールから外れた存在になる。

この家のレールに乗って走るのは俺だけになる。


それなのに、康二を使う?

あり得ない選択だ。


「康二は家を出たんだ。外で頑張ってる。今引き戻すのは、違うんじゃないかな?」


それが引っ張り出した最大の言い訳だった。

どうしても康二をこのレールに戻したくない。


わかっているさ。

才能の違いだ。

だからこそ、同じ場所にいてほしくない。

隣に立たせたくない。

それだけで、俺は後ろに下がることになる。


康二が何でもできることは知っている。

家の中でも外でも問題ない。

あいつはすぐに順応してうまくやる。

そういう奴だ。


そう自分に言い聞かせた。


それからというもの、俺は親父に張り付いて必死に仕事をこなした。

全ては親父に認めてもらうため。


あれが足りない。

これが足りない。

あれもダメ。

これも違う。


言われ続けてきた。

褒め言葉のあとにそんなことを言う人だったから、褒め言葉よりも指摘の方が頭に残った。


指摘されることなく、ちゃんと褒めてもらいたかった。


「よく頑張ってるじゃないか、慶一」


それは父の秘書になって一年が過ぎた頃の一言だった。


「ありがとう。でもまだ覚えないといけないことがたくさんある」

「そりゃそうだ。たった一年だ。でも、様になってきた」


そう言われて悪い気はしなかった。

歳は30に近かったが、照れて耳を赤くしてしまった。

やっと得た一言だった。

この一言が欲しかったんだ。

どれだけ指摘を受けても、どれだけ悩んでも、とにかく我武者羅に頑張ってやっと得た最大の評価のように思えた。


「それと、康二な。あいつな今度昇進するらしい。ベンチャー?だか何だか知らんが、やるもんだな」


それを聞いて気分は一気に冷めた。


「母さんとは連絡取ってるみたいだな。友達が興した会社を手伝ってるとかなんとか……よくわからんが、飯が食えてるなら大丈夫か?」


やはり離れていても康二は康二か。

どこにいても邪魔をしてくれる。


少しでいいんだ。

ほんの少し、俺を認めてくれたら、それでいい。


俺は康二にはなれない。


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