第5話 造反
「親父を悪者にするな!」
何度言っても変わらなかった。
お袋は考えを変えない。
裁判でも俺の話は採用されなかった。
全ては江島家のため………
そういうことか。
「虐待なんてされてないだろ……」
世間は親父を毒親のように指差し、俺に同情を向けている。
「あなたは父を殺された被害者。お父さんを追わず、『江島家の政治家』ではなく、一人の江島慶介として選挙に出るの。あなたは強い。負けない」
その同情によって後押しを得ようということだろう。
そんなことで勝てるほど選挙は甘くないだろう。
むしろ与党議員としての父の功績を、後を継ぐ路線の方が勝てる。
あの裁判は康二の減刑を狙った茶番にしか思えなかった。
「なんで親父を殺した奴を公平に裁かない……」
名誉は既に地に落ちた。
祖父から続く政治家一家の江島家は人殺しの家になった。
「康二のせいで……」
家は親父がいなくなっただけで、やけに広く感じた。
もともと広い家だった。
けれど、親父がいた頃はそんなことを考えたこともなかった。
リビングに置かれた大きなソファ。
父がいつも座っていた場所だけが、妙に目につく。
テーブルの上には、父が最後まで読みかけていた新聞が置かれていた。
端が少しだけ折れている。
あれからもう随分と経っているのに、その一角だけは片付けもされずにずっと残っていた。
「親父……」
憧れだった。
どんな質問にも、必ず答えてくれた。
何でも知っている幅広い知識人。
ユーモアもあった。
あまり家にはいなかったが、それでも忙しい中で時間を作って、家族旅行にも連れて行ってくれた。
確かに厳しい人でもあった。
裁判の中で言われたことは、その全てが嘘ではない。
だが、明らかにやり過ぎだ。
誇張だった。
「悔しいよなぁ……」
康二に下った判決は、執行猶予付きのもの。
傷害致死罪。
母さんによる減刑の策略とも思える戦略がハマったのか。
それともこれが司法の判断なのか。
「納得は……無理だ。たとえ弟であっても」
司法の判断とは逆に、康二は本懐の対象者として認定された。
「母さんのやり方は間違ってた!」
「何が間違えてるっていうのよ!?」
「世間の判断は!『康二は死んでもいい』だったじゃないか!」
母さんはそれ以降俺とは話さなくなった。
「国民はそう判断した。だから、やらなくては。そして、母さんがやったことをひっくり返して、俺が父さんの後を継ぐ」
静かに、そう決意して、あれから一度も入っていない親父の書斎に向かう。
書棚には政治関係の本が並んでいた。
何度読んだのか分からないほど背表紙が擦れているものもある。
その横には、俺が子供の頃に描いた絵が一枚だけ残っていた。
「……こんなの、まだ取ってたのかよ」
父が座っていた椅子に手を置く。
冷たい。
もう、ずっと前からそこに誰も座っていないのだから当然だった。
「親父……俺が取り戻すから、名誉も何もかも」
一人家を出ようと玄関に向かう。
「どこ行くの?」
妻の杏奈が声をかけてきた。
「申請に行く……」
「本懐の?」
「ああ……そうだ」
「そんなことしたら、世間は法の私物化とか騒ぐわよ?」
「そんなことないだろう?国民が康二を対象者にしたんだ」
「騒ぐわよ!手のひら返すに決まってる!」
「………それでもいい」
「よくないよ」
杏奈は玄関までついてきた。
「あなたまで犯罪者になる必要なんてない」
「犯罪者?国民が康二を対象者にしたんだ」
「だからって、あなたが殺すの?」
「そういう法律だろ」
「法律だから殺すの?」
慶一は靴紐を結びながら、少しだけ笑った。
「国民が認定した対象者を、本懐実行者が殺す。それがこの法律だろ?」
「そういう問題じゃない」
「じゃあ、どういう問題なんだ?」
「帰ってこれなくなるのよ?」
「22条のただし書きがある。これは例外だ。帰ってこれる」
「…………」
「他には?」
杏奈は答えなかった。
俺にも分かっていた。
杏奈が心配しているのは、法律でも世間でもない。
俺自身のことだ。
それでも、もう遅い。
「行ってくる」
裁判所での申請は滞りなく進んだ。
逆に静かに、ただお役所仕事として処理されていく。
職員が書類を確認する。
「対象者は、江島康二さんですね」
「はい」
「本懐実行者となった場合、達成義務が生じます。撤回はできません」
「分かっています」
「それでは、認定証が発行されますので、もうしばらくお待ちください」
俺は認定証を手にして家に帰った。
弟を殺すために。




