第4話 悖反
※本作はフィクションです。
作中に登場する「本懐法」その他の法律・制度・行政手続等は作者による創作であり、実在する法律・制度ではありません。
また、実在する人物・団体・事件等とは一切関係ありません。
父さんを殺した。
その事実は消えない。
消えないどころか、政治家一家のスキャンダルとして、テレビ番組は連日、報道合戦を繰り返した。
『先日、殺害された江島慶介議員は──』
『江島慶介議員を殺害したのは、次男の江島康二容疑者で──』
俺は父さんを殺し、その場で立ち尽くしていたところを、母さんに見られた。
だが、母さんは悲鳴をあげることなく、震える声で俺に話しかけた。
「康二、自首しなさい」
ただ、それだけだった。
親殺し。
そんな見出しが翌日の新聞を飾った。
その新聞を直接俺が見ることはなかった。
自首した後、逮捕され、勾留された。
保釈金は払ってもらえた。
母さんが用意してくれた。
俺は父さんや兄さんとは違い、政治の世界とは縁遠い一般人として過ごしていた。
俺には、とても払えるような金額ではなかった。
裁判は不本意な方向に進んだ。
父さんが俺と兄さんを比較していたことを指摘した。
それは事実だった。
けれど、それがいつの間にか「虐待」として誇張された。
『被害者である江島慶介氏は、ことあるごとに兄弟を比較し、常に被告人は強い精神的な圧力がある生活環境にあった』
『その比較は幼少期より始まり、兄の江島慶一も合わせて、己の定めた水準に達しないときは叱責を受けていた。その内容は筆舌に尽くしが難く、またその回数はここに至るまで数えることもできないほど多い』
兄さんはこれに反発した。
それはそうだろう。
兄さんは父さんの地盤を引き継いで選挙に立つのだ。
ここで父、江島慶介の評判を下げるわけにはいかない。
兄さんと母さんの口論は毎日繰り返された。
「なんで!?母さんは父さんを悪者にするんだ!?」
「今の一番の最善だからよ!あなたは父さんの後を継ぐんでしょう!?」
「だったら!父さんを悪者にする必要ないじゃないか!」
その口論は顔を合わせれば始まった。
終わりはどちらかが席を立つまで訪れない。
「はぁ、なんでわかってくれないのよ。父さんを悪者にして、康二の罪を軽くしないと………」
俺は母さんが一人で全て計画していたのを知っている。
──二人の息子、両方に同じように酷い扱いをしてきた父親。
そのうちの弟から殺された。
だから父さんから兄さんへ、そのまま地盤を引き継ぐのではない。
父さんの背中を追うのではなく、兄さん自身が、父さんとは違う一人の政治家として出直す。
政治家としての江島家の再出発。
こういうシナリオが母さんの狙いなのだろう。
予測はついた。
実際父さんがそういう人物だったかというと、違う。
兄さんも俺も虐待を受けたという認識はしてない。
そればかりか、俺にも目をかけてくれていたし、いい父親だったと感じる部分は多い。
あまり家にはいなかったが、それでもしっかりと俺たちを見ていてくれたように思う。
「なにも喋らないで。こちらで裁判は進める。あなたは、裁判中は余計な話をしないで」
それが母からずっと言われていたことだ。
つまり、やはりそういうことなのだろう。
理由はどうであれ、政治思想のような話でこじれ、それで弾みとはいえ、殺してしまった。
政治的に、かなり駆け引きとしてマズい。
「はぁ……」
ため息をついてもどうにもならない。
裁判では、心神耗弱の可能性を理由に精神鑑定も行われた。
親子喧嘩だけで殺人にまで発展したことから、犯行当時の精神状態に問題がなかったのかを調べるためだそうだ。
俺は自分自身がおかしくなったとは思っていない。
父さんを殺したことは覚えている。
何を言われたのかも。
自分が何を仕出かしたのかも。
全て理解している。
だから、精神鑑定という言葉には違和感があった。
だが、全てを話すことはできない。
これも母さんのシナリオなのだろう。
全ては江島家という政治家一家を存続させるためかもしれない。
政治的な話がこじれて殺してしまった。
そんなことを言えば、週刊誌がどう書くかわかったものではない。
兄さんの政治生命に直結するような記事が出るかもしれない。
それは母さんの望むことじゃないはずだ。
裁判の結果は、懲役2年9カ月、執行猶予3年の判決だった。
心神耗弱は認められた。
さらに母さんが減刑嘆願書まで送っていたようだ。
実際母さんは加害者の家族でありながら、被害者遺族だ。
人殺し。
それなのに、判決には執行猶予までついた。
俺はこんなこと望んでなんていないのに。
『江島慶介の真実!!』
『毒親の素顔!元秘書が語るその実態!』
週刊誌はその裁判の内容を、これでもかと書き立てた。
だが、世間はそれを真実とは受け取らない。
確かにその情報を信じた人もいただろう。
口々に好き勝手に憶測したはずだ。
『どうせ政治家一家だから減刑されたに違いない』
『それでも生い立ちは可哀想』
『いや、どうせなにか、さらに裏話みたいなのがあるんじゃないか?』
『でも、お兄さんが一番可哀想な立場ね』
そんな話はSNS以外にも、溢れていた。
「狙い通り?」
俺は母さんに聞いた。
「仕方がないでしょ?あなたがしたことで、慶一に同情を向けて、少しでもやりやすいようにしないと……」
「うん。そうだろうね。でも、兄さんはそれじゃ納得しないと思う」
「元はといえば、あなたが父さんを!なにを他人事みたいに!」
あまりにも蚊帳の外に置かれていたせいか、どうにも現実感がなかった。
裁判が終わっても、喜びも悲しみもない。
どこか他人事のように時間が過ぎていた。
俺がしたことなのに、全てが外側の出来事のように思えた。
「もしも、最悪のときは、あなたは日本にいてもらっちゃ困る」
その一言が、妙に頭に残った。
そして、それは現実になった。




