第8話 翻転
※本作はフィクションです。
作中に登場する「本懐法」その他の法律・制度・行政手続等は作者による創作であり、実在する法律・制度ではありません。
また、実在する人物・団体・事件等とは一切関係ありません。
その日、藤倉義史と妻の明美は朝食を食べながら、二人で並んでテレビを見ていた。
そのテレビにはニュースが映し出され、夜中に男女が襲われ、男性が死亡したという内容を報じていた。
「今ニュースで言ってた事件、翔の住んでるあたりだろ?」
「そうみたいね。まぁ何の連絡もないし、関係ないでしょ?連絡がないのは元気な証拠よ」
そんな会話の最中に家の電話が鳴る。
ディスプレイに表示された電話番号は、見たことのない番号だった。
「はい。もしもし」
『あ、藤倉さんのお宅ですか?』
「えっと……どちら様でしょうか?」
『私、捜査一課の目黒といいます。息子さんについて………』
その電話は翔が遺体で発見されたことを告げる電話だった。
頭の中が真っ白になり立ち尽くす妻の様子を見て、義史が電話を変わる。
そして事情を聞き終え、亜美にも何も告げずに、二人は車に飛び乗って遺体が安置されている警察署に向かった。
「発見時には既に心肺停止状態で、手の施しようがなかったようで……」
「お悔やみ申し上げます……」
「後ほど、息子さんについて聞きたいことがございますので……」
警察が声をかけてくるが、二人はそんな言葉などまともに聞ける状態ではなかった。
翔の遺体にすがりついて泣く明美。
それを見て呆然と立ち尽くす義史。
後悔しかなかった。
誰がこんなことをしたのか……
その後の聞き取りの最中に、警官が質問した。
「あの、一点確認なんですけど、もう一名女性の方が被害にあわれてます」
その言葉は、義史にとって心当たりのないものだった。
「え?女性ですか?」
対応した警官はメモを取るペンをとめ、義史を見た。
「はい。どのような関係の方なのか、まだはっきりしていません。ただ、一緒にいた所を襲われた女性で……その……かなり酷い被害を受けています」
「……………」
「何か、息子さんから聞いてませんか?親しくしていた女性や、交際していた、という女性はいませんでしたか?」
思い返してみても、現在の翔から彼女がいるという話は聞いていない。
「いや、え?誰かと?………いいや」
混乱する義史に対して、警官はそれ以上なにも言わずに踵を返した。
「あの……その方に会えますか?」
呼び止めた義史に対し、
「いやぁ…被害者の方なんで、こちらからは何とも……あちらにお話を聞くにしても、少しお時間いただけますか?」
そう告げて廊下の先に行ってしまった。
──数週間後、藤倉夫妻は病院にいた。
もう一人の被害者、横井舞衣香は病室のベッドに横になっていた。
「あなたが……翔の?」
病室に入るなり、明美は舞衣香に声をかけた。
舞衣香は首だけを動かして2人を認識すると、小さく頷いた。
「………怖かったでしょうに……」
明美は舞衣香の手を取り、二人は涙を流した。
それからポツリポツリと舞衣香は話しだした。
翔とは同じ会社だったこと。
一ヶ月前から交際していたこと。
その日は会社の帰りに一緒に食事をして、帰る最中だったこと。
そして駅に向かっている時に襲われたこと。
時折言葉に詰まり、泣きながら話す姿はとても痛々しかった。
それからというもの、藤倉夫妻は舞衣香の見舞いに顔を出すようになる。
しかし舞衣香の心の傷は深く、体の傷が癒えても外出はできなくなっていた。
後ろに人が立つことに恐怖を感じ、暗がりに恐怖を感じ、死角から手を伸ばされると過剰に驚いて体が硬直した。
深刻なトラウマによって、それまでの日常生活に戻るのは、長く困難な道のりになっていた。
一年をかけてやっとの思いで外出できるようになったが、それでも昼の明るい時間に限られたし、誰かの付き添いがなければならない。
「私たちに任せて」
付き添いを買って出たのは藤倉夫妻だった。
舞衣香の両親が対応できないときは、藤倉夫妻が舞衣香に付き添った。
しかし、それもすぐに終わりを迎える。
曽我部聖志──
その名前が報道で流れた。
殺人と不同意性交及び傷害。
対象者認定に伴う報道だったが、画面に映された顔を見て舞衣香のトラウマは再発した。
そして、明美も倒れた。
翔の死後、少しずつ塞ぎ込むようになり、さらに舞衣香の付き添いもあって倒れてしまった。
深刻な病気などではなかったが、体力の消耗が激しかった。
「終わらせてやるからな」
義史は病室で眠る明美を見て、決意を固めた。
対象者認定から三日後のことだった。




