第4話 輾転
※本作はフィクションです。
作中に登場する「本懐法」その他の法律・制度・行政手続等は作者による創作であり、実在する法律・制度ではありません。
また、実在する人物・団体・事件等とは一切関係ありません。
──翔が死んでから、一年が経った。
今日は、その命日だった。
真琴は翔からもらった化粧品でメイクし、翔に買ってもらった服を身に着けて出かけた。
(まだ全然実感はないけど、もう翔はいないんだ)
駅から電車を乗り継ぎ、遠方の寺に向かう。
住宅街から離れた山の麓にある寺。
(今まで全然顔を見せてあげられなくてごめんね)
よく晴れた日だった。
ボーッと車窓から外を眺める。
オフィスビルやマンションなどの背の高い建物はいつしか過ぎ去り、緑の広がる光景が目に映った。
遠くに見える高架は高速道路だろうか。
あの日通った道かもしれない。
『ねぇ、緊張してるんだけど……』
思い出したのは二人で翔の両親に会いに行った時のことだ。
あの日は二人で車に乗り込み、今遠くに眺めている高速道路を走っていた。
二人で選んだ土産物を後部座席に置き、朝から緊張でソワソワしていた。
あの凄惨な事件が起きる前の、幸せを掴もうとしていた日常の一幕だった。
『大丈夫だって。確かに頭でっかちな親だけどさ、悪い人たちじゃないんだし』
笑顔を向けた翔の顔は今でも覚えている。
朝早く出発しようと決めていたのに、翔が寝坊やペットの犬をペットホテルに預けるのに手間取ったりと、トラブルが重なって出発は遅れに遅れていた。
『日帰りできる距離なんだけどさ、もう昼近いし、泊まりになるかもな』
『翔が寝坊するからでしょう?』
『えぇ?真琴だって化粧長いじゃん?俺だけのせい?』
『はいはい。じゃ私たち二人が悪いってことね。じゃ、罪人1号、私はのどが渇いた。なんか飲み物買って』
『はいはい。じゃ罪人2号、次のパーキング寄るからそこでなんか買ってやろう』
そんな軽口を叩きながら二人で初めて訪れた翔の実家。
そこには翔の両親と妹が住んでいた。
『あの、はじめまして。翔くんとお付き合いしてます、根岸真琴です』
真琴は頭を下げ、翔の家族に挨拶をした。
『はじめまして。真琴さんね。翔から話は聞いてるよ。さ、入って』
翔の母、藤倉明美はそう言うと玄関から中に真琴たち2人を招き入れた。
『お兄ちゃんやるねぇ』
『うるせぇ、茶化すな』
後ろで翔は妹の亜美と肘を突き合っている。
その仲の良さは微笑ましくもあったが、真琴には些か仲が良すぎるようにも思えた。
暖かい家族団らんの席。
今に通された真琴は座布団に座り、改めて挨拶をした。
そして焦げ茶色の立派な座卓の上に、土産を出し、両親に渡す。
『いいのに、こんな』
『いえ、初めてお会いするのに、なにも持たないなんてできません』
『しっかりしてるのね』
そんな真琴と明美のやり取りを見ていた父親の義史が口を開いた。
『翔、ここに来るってことは、こちらのお嬢さんのご両親には挨拶を済ませてるんだろうな?』
翔は突然の義史の言葉にキョトンとし、バツが悪そうに頬をかいた。。
『いや、まだなんだ。遠方だし、緊張するしさぁ……』
それから翔は義史に連れられ、別の部屋に移動した。
時間にして五分かそれくらいだったが、明美や亜美の様子をみる限り、説教されているのだろう。
戻ってきたとき、義史は腕組んで翔を睨みつけ、翔はしょんぼりと肩を落としていた。
『すまないね。真琴さんだったね?このバカには言って聞かせてるから。こちらに来た以上は早いうちに、ご両親にこいつの顔を見せに行ってくれないかな?』
その言葉は、藤倉家に受け入れられたという意味だと真琴は思った。
案の定、話しているうちに日は落ちてしまい、泊まることになった。
知らない家、知らない土地、それでも翔が隣にいるだけで心細さはなかった。
『連れてきてくれてありがとう』
真琴の言葉に翔は返事をしなかった。
もう既に眠っていたのかもしれない。
微かに寝息が聞こえた。
──あれ以来かな?
ここに来るのは……
真琴は電車を降りて駅のホームに立つ。
あの日は車で来ていたから、駅など使わなかったが、それでも肺に吸い込む空気の違いは何となくわかった。
住んでいる街とは違った空気。
翔の実家の空気。
そんな懐かしさを覚えた。
「はぁ……今日は一人か……」
そう呟いた真琴は駅を出てロータリーでタクシーに乗り込む。
「……来典寺」
行き先の寺を伝え、ボーッと窓の外を眺める。
「お盆過ぎてるけど、墓参りですか?」
タクシーの運転手が不意に話しかけてきた。
返事に困る真琴に、運転手はさらに言葉を続ける。
「いやね、最近はお盆じゃなくて時期をずらす人が結構いるんでね」
「………墓参り、なんです。婚約者の………今日が、命日で」
運転手は急に喋らなくなり、ミラー越しに気まずそうな視線を送っていた。
「見たところお花とか持ってないですね。花屋がそこにありますから、停めときますんで買ってきますか?」
そう声を掛け、真琴に花を買うよう勧めた。
真琴は無言で頷き、それを見た運転手は花屋の前で車を停め、再び寺に向かって車を走らせている間は2人とも無言だった。
寺に着いた真琴は、タクシーを降りて藤倉家の墓を探す。
「…………あった」
横に彫られた名前には確かに翔の名前があった。
「今まで全然、会いに来られなくてごめんね………」
真琴の声が揺れる。
「久しぶりだね……」
自然と涙が溢れた。
「なかなか、ここに来る勇気が出なかったんだ……」
誰かが既に来たのだろう。まだ枯れていない真新しい花が添えられていた。
その横に買って来た花を添え、真琴は手を合わせた
「…………私が、仇をとってあげる」
顔を上げた真琴の目には、もう涙はなかった。
「え?真琴ちゃん?」
真琴の後ろから声がかかる。
そこには以前とは違い、少し痩せたように見える翔の両親がいた。
『君は──』
『ありがとう、真琴ちゃん。翔のためにお花まで』
義史が何か言いかけたが、明美がそれを遮って真琴に抱きついた。
あの優しそうな顔つきの明美は、目の周りを真っ赤にして、泣き腫らしてやつれているように見えた。
翔が死んでから一年。
ここにも翔の死を受け入れられずにいる人がいた。
それだけで真琴には味方が増えたように思えた。




