第6話 智害
※本作はフィクションです。
作中に登場する「本懐法」その他の法律・制度・行政手続等は作者による創作であり、実在する法律・制度ではありません。
また、実在する人物・団体・事件等とは一切関係ありません。
「本当にいらないんですね?」
高橋は口にたこ焼きを入れたまま、原に対して喋りかける。
「こんなにおいしいのに勿体ない。俺がもらいますから」
二人前を平らげた高橋は満足そうに笑顔を浮かべ、車を走らせた。
「二人目の方は神戸です。近いんですぐ着きますよ」
「…………」
原はまだ俯いたままだ。
無言。
そのまま動かなくなっていた。
「ったく………まぁ、いいか。今日は神戸で泊まりますからね。もう一件行ったらご飯食べてホテルです!いいですか?」
「…………」
「あーあぁ、もう。こんなんじゃ南極2号連れてんのと変わらないですよ」
夕暮れ時に目的地に着いた。
そこは神戸と言っても北側の山間部に近い地域。
一軒家が立ち並ぶ地域だ。
「さすがに疲れましたねぇ。長旅って感じです」
車から降りて伸びをする高橋だったが、原がまだ降りていないことに気がついた。
「原さん!原さん!着きましたよ!」
コンコンと窓をノックしながら声をかけると、やっと原は反応して車から降りてきた。
その姿はどこか力の抜けた様子で、決意を固めたというようなものではなかった。
「ん~~、まぁ、いいでしょう。行きますよ?二人目。いいですか?」
近くに駐車場などなく、路肩に停めた車から二人が歩いていく。
夕暮れの太陽が、一際二人の影を長く伸ばしていた。
「御免下さい」
ある一軒家のインターホンを鳴らした高橋。
長距離運転の疲れなど感じさせない、張り付いた笑顔がそこにはあった。
『はい。どちら様ですか?』
「私、新聞記者の高橋といいます。本懐法の国民投票のことでお話を伺いたくて…」
『はぁ?何やそれ』
「国民投票のことなんですけどね、投票をするときの基準なんかを教えていただきたくて………」
『………で?』
(へへへ、こいつぁ脈アリだ)
高橋のニヤついた顔がさらに歪む。
それはカメラ付きインターホンであれば、明らかに後ずさりしたくなる笑顔だった。
幸いにしてインターホンにカメラは付いていないようだ。
「いろんなお宅を訪ねて、どんな基準で投票してらっしゃるか聞いてるんです。お話伺えますか?」
『待っててくれ』
しばらくして玄関ドアが開き、白髪の男性が現れた。
「自分か?記者さんは?」
「はい。私が新聞記者の高橋です。こちら名刺です」
名刺を受け取った男性は、名刺と高橋の顔を交互に見る。
それも仕方がない。
怪しさは満点だ。
「関勇三や。あんたはさっき投票の基準とか言うとったか?」
「関さんですね。ありがとうございます。早速なんですが、関さんの基準みたいなもの、何かあるんですか?」
関は鼻をフンと鳴らすとポツポツと話し出した。
「一つ目は裁判の判決や。ここで読み上げられた判決文。ここに国の決定が書かれとる。これを見ればどう判断されたかわかる」
関は右手の人さし指を立てて言う。
それを見て高橋は手帳を取り出し、メモを書いていく。
「二つ目は事件概要。スマートホンに投票前に表示される。そこでどれだけのことをしたのか。また繰り返す可能性があるか」
関は中指も立てた。
その様子を見て高橋は真剣な表情で尋ねた。
「なるほど。かなり良く考えてるんですね。判決とかってどうやって知って──」
「まだ話の途中や!人の話を最後まで聞んかい!ダボォ!」
「すみません。遮ってしまって………続きをお願いできますか?」
関は腕を組み、明らかに不機嫌な態度になった。
その様子に高橋は頭を下げている。
「ほんま、自分ら、テレビで見るのと変わらんな。ニュースで見る自分らもそうやって失礼な態度や」
「……申し訳ありません……」
「そんなやから政治家も芸能人も……」
説教が始まりそうになり、高橋は頭を下げたまま動かなくなってしまった。
日はもうかなり沈み、空はうっすらと夜の帳が落ちようとしていた。
「あの、こいつが失礼な態度で申し訳ありませんでした。大変不躾な訪問にも対応していただき感謝致します。もし宜しければ続きをお聞かせ下さい」
それまで置き物だった原が頭を下げた。
原は関の言う『基準』というものが気になっていた。
目の前の関という老人は、六角秋江とは違う個人としての基準を持っているように思えた。
急に話し出した原に二人の視線が注がれ、関は途中で話を止められる。
「なんや急に。チッ……まぁええわ。三つ目、これが最後や。被害の程度、これが一番重いと思っとる。人一人の人生で償いきれるかどうか。償いきれんのなら、認定するしかない」
関は腕組みしながら答えた。
被害の程度──
その言葉がやけに原の脳裏に焼きついた。
水島が奪った妻と子、お腹の中の子……
三人の命に対して、一人の人生で償いが可能か?
──否だ。
償いきれるはずがない。
原は拳を固く握り、問いかけようとする。
「じゃあ──」
「なるほど!というか、よく事件に関してリサーチしてるんですね!ニュースか何かで?何でそんなに調べてるんですか?」
高橋が原を遮り、関に質問をした。
関はさらに険しい顔になり、明らかに嫌悪感を漂わせる。
「自分みたいのが記者って?胡散臭い。この話は終いや!ネットニュース見ろ!デカい事件は判決まで載っとる!」
バタンッ!……カチン
質問したままの体勢で固まる高橋など気にも留めず、ドアを閉めて鍵をかけてしまった。
「ふぅ。クセ強ぉ……」
そう言って振り向いた高橋は、原の肩を小突いた。
「やるじゃないですか。三つ目を聞けたのは原さんのお陰です。」
「………」
「まただんまりですか?」
「………」
「はいはい。分かりましたよ。じゃいきますよ。今日は疲れました。飯食って寝ますよ」
二人は車に乗り込み、ホテルに向けて出発した。
その道中、原が口を開いた。
「……なぁ、水島は凶悪犯だよな?」
「まぁ、そうでしょうね」
「……人生かけて償っても、三人分は償いきれないよな?」
「確かに、そうでしょうね」
「………そうだよな……」
(そうだよな。償いきれるはずがない)
その話す様子を見ていた高橋には、原の目には確かな決意があるように見えていた。
(さてさて、どうなりますかね。あんな顔しちゃって……)
すっかり暗くなった道を進み、二人は神戸のビジネスホテルへと向かった。
その道中、会話はなかった。




