第5話 衆害
※本作はフィクションです。
作中に登場する「本懐法」その他の法律・制度・行政手続等は作者による創作であり、実在する法律・制度ではありません。
また、実在する人物・団体・事件等とは一切関係ありません。
「原さん!着きましたよ!」
高橋は助手席で寝ている原の肩を叩く。
どうやら原はいつの間にか寝ていたようだ。
着いた先は関西、大阪だ。
「さ、話聞きにいきますか!」
妙に元気な高橋は、原にそう声をかけると車を飛び出した。
「あ、すいません!おいしいたこ焼きの店知ってます?」
駐車場を出てすぐ、道端で見ず知らずの数人に声をかけては何やら話をしている。
「おい!高橋!」
車から降りて高橋を呼ぶが、なかなか戻ってこない。
また別の通行人に声をかけている。
何を話しているのか全く聞こえないが、高橋は楽しそうに話している。
「高橋!」
何度か呼ぶと「ありがとう!」と大きな声を上げ、身振りを交えながら合図を送ったあと、小走りで戻ってくる。
「いやいや、すみませんね。話が長くなりまして……」
「で?どっちに行くんだ?」
太陽はサンサンと照りつけ、立っているだけでも汗が出る。
移動するならさっさと移動したい。
原は目の前の道路を左右交互に指さした。
「あ、じゃあ、こっちで」
高橋が指さす。
「そっちが一人目の家か……」
「あ、それはこっち」
高橋が逆方向を指さす。
「あ゛あ?さっきのは?」
「たこ焼き」
「ふざけんな!さっさと案内しろ!」
原は高橋の尻を蹴り上げ、一人目の家へと向かう。
「いったぁ!ケツが横に割れたら慰謝料請求しますからね!」
「うるさい!だいたいお前が連れてきたんだろうが!」
「あー、はいはい。もういいです。私は真剣ですよ。任せて」
そんな軽口なのかどうかもわからない会話をしながら歩いていく。
「えーっと、俺が調べた限りでは………と。このマンションですね」
五分ほど歩いた先で、高橋が一つのマンションを指さした。
高層マンションではないが、住宅街ということもあって静かな佇まいのマンションだ
「一人目が、六角秋江、という女性、ですかね?」
オートロックの部屋番号を押し、呼び鈴を押す。
そんな高橋の様子が気になった原は、ふと思った疑問を口にした。
「お前、どこまで調べてる?」
「お?気になります?知りたいですか?」
そう言いながら振り返った高橋の顔は口角を上げた表情だった。
嫌な予感がして原は言葉に詰まり、それ以上聞けなくなった。
『はい。』
やがてインターホン越しに女性の声がした。
「あ、私、新聞記者をしております、高橋、と申します。ちょっとお話聞かせてほしくて。お時間って、作っていただけます?」
『新聞記者?なんにもお話することはないんやけど──。』
「六角さん、ですよね?違います?」
『え?……名前、外に書いとった?』
「あ、いや。ちょっとね、貴女にほんの五分ほど、お尋ねしたい事がありましてね。僕の名刺見えます?」
高橋は名刺をインターホンのカメラに向け、先ほどまでとはほんの少しだけ違う笑顔を見せる。
「どうでしょう?まぁ、いきなり来て信用なんてないんですけどね。ほんの少しだけ、どうですか?」
ブツッ
インターホンは高橋の取材依頼を拒否するように切られた。
「怪しすぎるだろ。アポとか入れてないのか?」
「最近は固定電話のない家が多いんです。携帯の番号なんてそんな簡単に調べられませんよ」
「あの『リスト』は持ち出せたのにか?」
「出どころは、ね。うん。聞かない方が身のためだと思いますよ?」
また高橋の口角が上がる。
警戒するべきサインのようにも感じる。
「だいたいね、携帯の番号リストなんて、本当にヤバい人たちしか持ってないの。A品B品みたいに番号の売り買いしてる人たち。ヤバいんですよ。俺は近づきたくないねぇ」
よくわからない言葉を並べる高橋によって、原は別世界に連れてこられてしまったように思った。
今までいわゆる世間一般でいう会社員として過ごしてきて、そんな世界など縁遠いものだった。
「ここまで来て空振りはしたくないですねぇ。ていうか、暑い─」
ガチャ─
不意にオートロックのドアが、内側から開いた。
「あの、高橋さん?」
「はい。俺が高橋です。あ、もしかして、六角さん?」
「はい。あの、うちの中にはあげられへんけど、ここなら……」
六角がエントランスまで降りてきて、話をしてもいいと言う。
「まず、心変わりの理由は?」
エントランスの応接スペースで高橋が話かける。
ソファに浅く座り、前かがみになり、テーブルの上で指を組んでいる。
そんなスペースがあるだけで、少なくとも安くはないマンションなのだろうと想像できた。
原はまだ別世界にいるような気分で、置き物のように黙って、その様子を見つめていた。
「今ね、家に娘と孫がおってね、話にくいっていうか……ほら、あたしもね、興味あるやないですか。取材って」
そう恥ずかしそうに六角が話す。
どこかモジモジとして上目遣いで、年齢さえ若ければそれなりに可愛く見える仕草だ。
高橋はそう思った。
「なるほど。で、ですね。早速本題なんですが、本懐法の投票に関して、ですね」
「投票?スマホの?」
「そうそう。それなんですけどね、毎回投票なさるんですか?」
「いいえ。毎回はしません。娘がね、凶悪事件やって騒いだ時だけ」
「ほぉ~。凶悪事件ですか?」
「はい。こいつはあかん!なんでこんなんできんねん!って言うもんで、そらあかんやろってね、投票するんです」
手帳にメモを書くふりをして、原に内容を見せる。
『水島の事件も凶悪事件って思ったみたい もう少し聞きます』
「去年の春の事件覚えてます?放火殺人なんですけど……」
「去年?そんな前のこと………ええ?」
「妊婦さんと女の子が亡くなった事件なんですけど」
「ああ!覚えとう!あれね!惨い事件やねぇ。娘と二人で絶対あかんやつやんって言うとったんよ!」
「娘さんと?」
「そう!孫がね、ちょうど同い年なんよ。亡くなった子と」
「なるほど………」
高橋の言葉など聞こえないのか、六角が一人で喋りだした。
「あんなんあかんわ。ほんまにあかんと思うわ。ほんでこの前、娘と一緒に認定ってボタン押したんよ。裁判終わったやないですか?あの事件の説明?あれ読むだけで、ねぇ。ニュースでもちょこちょこやっとったの思い出して……ほんまにご家族の方が不憫やわ。うちでそんなんならんように気をつけんと……それからねぇ──」
延々と続く六角の独壇場は15分たってようやく終わった。
「ありがとうございました。」
「いいえ。記事、いつ載るの?絶対買うから、載るときは教えてね」
六角は高橋の肩をポンッと叩くと、エレベーターに乗って帰っていった。
「だ、そうですよ。」
「………ああ」
「それとね、他にもまぁ、話聞いた限り、認定ボタン押したって答えたのが三人、否認ボタンが0人、覚えてないが15人でした」
覚えてない?
どういうことだ?
そんなものなのか?
美鈴や結愛の命は、他人からはその程度なのか?
「本当か?お前、いつそれ聞いた?」
「たこ焼きのついでに、ちょろちょろ聞いてました」
「本当に、覚えてないのか?」
「ええ。覚えてないそうです」
本当にみんな覚えてもいないのだろうか?
どうでもいい事なのか?
あれだけニュースになった事件なのに。
妻と娘が死んだ事件なのに。
自分にとっては、一日たりとも忘れたことのない事件なのに。
それが赤の他人の意見なのか?
「たこ焼き買いに行きません?俺今、腹減ってます」
「好きにしろ」
水島の対象者認定はそんなに薄っぺらいものなのか?
原にはそれが分からなかった。
「奢りましょうか?」
「…………」
「あなたが何を考えてるかはわかりませんが、世間てのはこんなもんです」
「…………」
「あなたが世間と思っていたのは、身近な世間。さらにその外側はこんなもんなんですよ」
原はなにも答えられなかった。
ただ、妻と娘、生まれてこれなかった子が、世界から忘れ去られたように思えてならなかった。
「やっぱりみんな水島のことは凶悪犯って思うんじゃないですかね?」
「………そうだな」
「これでわかったでしょう?私はあなたの本懐の邪魔がしたいんじゃないんです」
高橋は口角を上げて、俯く原の顔を覗き込む。
「決意を固めてるんですか?まぁそれもいいでしょう。次、行きますか?」
二人はマンションを出て車に向かった。
原は終始俯いたまま。
高橋はニヤついたまま。
彼らは次の目的地に向かった。




