第2話 賊害
※本作はフィクションです。
作中に登場する「本懐法」その他の法律・制度・行政手続等は作者による創作であり、実在する法律・制度ではありません。
また、実在する人物・団体・事件等とは一切関係ありません。
「コーヒー2つ!アイスで!」
高橋は喫茶店に入るなりウェイトレスにそう声をかける。
窓際にスタスタと歩いていく高橋を追うように原貞之はゆっくりと歩く。
「こっちです。どうぞ。」
高橋は窓際の席の椅子を引き、原に対して座るように促す。
慣れた様子やウェイトレスの態度から、常連なのかもしれない。
そう思った原には、この喫茶店そのものが妙に居心地の悪い場所のように感じられた。
「お!髪型変えた?」
ウェイトレスに対して軽口を叩く高橋と、初めて連れてこられた原。
同じ店にいるはずなのに、原だけが場違いだった。
「釣れないねぇ。あの子ね、可愛いでしょ?何回声掛けても笑顔もくれないんだよ?おじさん何でも買ってあげるのにねぇ………残念」
「…………」
原は何も言わなかった。
本心からそう言っているのか。 それとも、ただのキャラ作りなのか。 高橋の言葉や表情からは、それらが分からなかった。
ウェイトレスがコーヒーを置く。
高橋はストローを差し込み、一口飲んだ。
「で、話って?」
原は置かれたコーヒーなど気にもせず、高橋を睨んでいた。
「いや、そんな顔しないでほしいなぁ。あの事件について、ちょっと聞きたくてね」
「……………」
「奥さんと娘さん、亡くなったんですよね?」
原のテーブルの上で握った拳がプルプルと震える。
高橋はその拳に目を落とした。
(反応はある……)
わずかに口角が上がる。
原が怒っている。
それはつまり、まだ話を聞けるということだった。
「無差別放火事件………でしたね?去年ですか。いや、時間というのは過ぎてみると早いですねぇ」
ダンッ!!
「なんなんだ!こんなところに連れてきて!」
原は拳をテーブルに叩きつけて吠えるような大きな声を出した。
まばらにいた客の視線が注がれる。
ウェイトレスら店員は「またか」とでも言いたげな目で高橋を見て、迷惑そうにしている。
原はそのまま立ち上がり、帰ろうとした。
「ちょっ!ちょっと待った!悪かったって!」
焦った高橋は思わず立ち上がる。
ガシャンッ─!!
立ち上がった拍子にグラスが倒れ、そのまま床に落ちて割れてしまった。
テーブルにはこぼれたコーヒーが広がり、今にもテーブルから滴りそうだ。
グラスの割れた音に原は思わず振り返り、高橋と目が合う。
「いや、本当にすみません。言い方が悪かった」
「……」
「でも、原さんにしか聞けないんですよ」
ウェイトレスが布巾を持ってせかせかとやってくる。
「大丈夫ですか?」
「あぁ、うん。大丈夫。グラス割ってごめんね。」
一言二言ウェイトレスとやり取りをし、原に向き直った高橋は、
「聞けないというか、むしろ聞いてほしいことがありましてね。あなたに」
しばらく二人は沈黙した。
客の視線もそのまま。
窓を叩く雨音と店員がグラスを片付ける音だけが店内に響いていた。
「とりあえずもう一回だけ座ってもらえませんか?ね?」
客の視線に気がついた高橋が両手を挙げて周りを見渡す。
「お騒がせしてすみませんね。問題ないんで、本当にすみません」
目を大きく開き、先ほどまでとは打って変わった表情だ。
「原さんも。ほら、座って」
片付けを終えて下がっていくウェイトレスに声を掛ける。
それはさも何もなかったような口調だった。
「あ、ごめんね。コーヒーもう一杯くれる?」
原はその様子を呆然と眺めていた。
屈辱的、というか侮辱されたと感じていた。
妊娠中の妻。
まだ二歳の娘。
生まれることさえできなかった子ども。
水島は一度に三人の命を奪った。
高橋の話は原にとって耐え難いものだった。
「改めて、言い方が悪かったのは謝ります。すみませんでした。」
高橋はテーブルに手をついて頭を下げた。
薄くなりだしたつむじを見つめる。
(さっき、こいつは「聞かせたい」、と言っていた)
何を聞かせるつもりだった?
原にはそれが気になった。
原が再び椅子に手をかける。
高橋はその様子を見ていた。
頭を下げつつ、視線だけは原から逸らさなかった。
頭を下げていて原からは見えないその表情は、確かに口角を上げていた。
(食いついたぁ!)
それを確認した高橋は頭を上げる。
「いやね、耳寄りって言いますか。水島の対象者認定に関すること、なんですけどね」
(どういうことだ?)
「ご興味あります?」
(あんな人殺し………)
「ちょっとここでは人目につきすぎるんで、どうしましょうか?」
(美鈴と結愛を………)
「気になるようでしたら、いつでもいいんで連絡くれますか?」
(何があるんだ?)
「連絡先は名刺に。それでは、お待ちしてますね」
そう言うと高橋は運ばれてきたコーヒーを一息に飲み干し、そのまま会計を済まして店を出てしまった。
「ありがとう」と語尾の上がった軽薄そうな言葉を残して出ていった高橋を、原は目線で追っていた。
(何があるってんだ………)
それが何なのか?
原には何も分からなかった。
残されたのは名刺とそのわけのわからない情報。
家に帰り、一人でリビングのソファに座った原は、妻の美鈴と娘の結愛の遺影を見つめていた。
「なんなんだ?何を聞かせようとしていた?」
それだけが気になって眠れない夜を過ごした。
朝日が昇る前、まだ通勤の人々すら家を出ない時間に高橋に電話をかけた。
プルルルップルルルッ
まだ寝ているのだろう。
コールの音は何度も鳴って留守番電話になった。
その度に切っては掛け直した。
「…………もしもし?えぇ?誰?」
寝ぼけた高橋が電話に出る。
しかし原には高橋が寝ぼけていようが関係ない。
抑えられない苛立ちが声にも籠る。
「原だ。お前、昨日何を言おうとした?」
「原?原さん!?おっと、こいつぁ!……へへ、あ、いや、すいませんね。え、で?昨日の件?」
「何を言おうとした!!」
「まぁまぁまぁまぁ。電話じゃ何なんで、直接お話しましょう。いいですか?」
「……………」
「まだ朝早いですからね。どうしましょうか?どっかの駐車場にします?」
「………どこでもいい」
「じゃ決まりだ!港がいいですかね?悪巧みにはもってこいだ!」
「……………」
「じゃ、第二突堤で。時間は8時でどうです?」
「………わかった」
原は静かに電話を切り、二人の遺影を見つめた。
そこには暗く朝日の影になりながらも笑っている二人の顔があった。
「ヘヘ、やったね。特ダネじゃねぇの?」
高橋はニヤニヤとした笑顔を張り付かせていた。
視線の先にあるカバンの中には『あるリスト』が入っていた。




