第7話 社縁
※本作はフィクションです。
作中に登場する「本懐法」その他の法律・制度・行政手続等は作者による創作であり、実在する法律・制度ではありません。
また、実在する人物・団体・事件等とは一切関係ありません。
「だから!言ってるでしょうが!」
「お前のやり方じゃダメなんだよ!分からんのか!?」
「分かる分からんじゃないんですよ!部長!あいつらが使いもんにならなくていいですか!?」
「そうは言ってないだろ!今は時代が違うんだ!」
会議室の中から、怒鳴り声が廊下にまで響いていた。
岸本昭典は会議のあと、部長と二人きりで部下の指導に関して、喧々諤々と意見を交わしている。
「岸本。もうな、俺やお前が若い時みたいなことはできないんだ。なんとか世代?そういう奴らなんだよ」
「関係ないでしょう!?」
「関係あるんだよ。それで根性曲がって訴えられたらどうなる?」
「曲がったもんは、また殴りますよ。そうすりゃ一周回って真っすぐになる」
「そうじゃねぇだろ……」
もういいと言わんばかりに、部長は手を振って昭典に退室するよう示した。
何もかも納得できないまま、岸本昭典は会議室を出て、不機嫌な表情で課に戻って自分のデスクへ向かった。
そのデスクに着くと、部下の姿が目に入る。
「早川。お前、まだ出てないのか?」
「はい。アポの時間まで、まだ少し余裕があるので」
「バカか!向こうさんは遅刻に厳しいんだ!早めに着いて会社の前で時間潰しとけ!」
「え?でも、今からじゃ三十分以上待たないと……」
「いいから行け!初取引の相手に、ちょっとの粗相も許されるわけねぇだろ!」
怒鳴り散らして、半ば追い出すように部下を送り出す。
「ったく!口で勝ちたきゃ、手柄持ってこい!」
吐き捨てるように言い、昭典は自分のデスクに座った。
メールを確認し、書類の束に目を通す。
そして――
「おい、剣持!」
呼ばれた剣持久良は、ビクッと身体を震わせた。
ガチガチに強張った様子で、昭典のもとへ歩いてくる。
「お前、これはダメだろ」
昭典は書類をめくった。
「数字、ちゃんと見たか?甘すぎる。やり直せ」
「……はい」
昭典は立ち上がると、持っていた書類を久良の肩へ叩きつけた。
「ボーッとすんな!今日中にどうにかしろ!」
それだけ言うと、昭典は再びオフィスを出ていった。
久良は何も言わず、床に落ちた書類を拾った。
その昭典の姿は、喫煙所にあった。
「……あ、すみません。私、湯島商事の岸本と申します」
煙草を咥えながら、取引先へ電話をかける。
電話越しだというのに、その腰は低く、先ほどまでとは違って平身低頭という様子だ。
「本日は朝早くから伺ってすみませんでした。今、早川という者がそちらに向かっておりまして……はい。そうなんです。先ほどの件の詳細資料を持たせていますので、何卒よろしくお願いします」
電話を切る。
煙草を揉み消すと、昭典はそのまま人事課へ向かった。
「おお、仕事の邪魔してごめんね。ちょっと課長借りたいんだ」
そう言って向かった先にいたのは、人事課長の小林友幸だった。
「悪い。ちょっとだけ相談いいか?」
「お前の『ちょっと』は短くないんだよ」
嫌そうな顔をしながらも、友幸は椅子から立ち上がった。
二人は同期だった。
「うちの課の剣持なんだが……」
「ん~?剣持?」
「ああ。このところ、ちょっとミスが多いんだ」
「で?」
「あんまり続くようならさ。こういう外回りじゃなくて、内勤側にどうにかならんか?」
「あー……そういうこと?今は時期じゃないけどなぁ」
「なんかこう……覇気がないのは元からなんだが……どうもなぁ」
「入社して半年も経ってないよな?ちょっとなぁ……つーか、お前のせいじゃねぇの?」
「……はぁ?」
「前からずっと聞いてるよ。お前、怒鳴りすぎなんだよ」
「使いもんにならんかったら、あいつらは何を財産に仕事するんだよ?」
「やり方が問題なんじゃねぇの?」
「バカにすんな」
そう言って、昭典は友幸の肩を軽く殴った。
「いてぇ!」
「そんな強く殴ってねぇだろ」
「十分痛ぇよ」
友幸は迷惑そうに肩をさする。
「で、本人からの希望?それ」
「いいや」
「本人に伝えた?」
「いいや」
「なんで?」
昭典は少しだけ黙った。
「……気にするだろう?成績が悪いからとか何とか」
友幸は呆れたように昭典を見る。
「お前さ、なんで昔から変なとこだけ気ぃ回すの?」
「うるせぇ」
「まぁ、いいよ。ちょっと考えるから」
「おお。考えてくれ」
「はいはい。ちょっと待っとけ」
「頼むわ」
昭典はそう言って、人事課を後にした。
それから三ヶ月後。
岸本昭典は殺された。
「あーあ……」
喫煙所で一人、友幸は煙草を吹かしていた。
「ったく、面倒な奴だったけど……あんな死に方じゃなくてもいいのになぁ」
煙を吐きながら、昭典との会話を思い出す。
――剣持を内勤に回せないか。
昭典は、あれからどうしていたのだろう。
煙草を揉み消し、友幸はデスクへ戻った。
すると、何やら部下たちが小声で話している。
「なぁ?なんかあった?」
そう尋ねると、一人が答えにくそうな顔をした。
「さっき、岸本課長の息子さん……って人が受付に来てたみたいで」
「……はぁ?」
友幸の顔が曇った。
「なんで?」
「なんでも、岸本さんのことを聞きに来てたみたいです」
「どういうこと?」
「本懐の……って聞いてます」
その言葉を聞いた瞬間、友幸は立ち上がった。
「どこ行った!?」
「え?」
「岸本の息子!」
友幸は会社の入口へ走った。
「はぁ……はぁ……おい!」
荒い息のまま、受付へ駆け寄る。
「岸本の……息子は?」
「先ほど出られましたけど……」
「どっちへ?」
「すみません、そこまでは……」
友幸は入口から外へ飛び出した。
しかし、それらしい人物は、もうどこにも見当たらなかった。
「……何を聞いたんだ」
友幸は、誰もいない道を見つめた。
そしてふと、昭典の顔を思い出した。
「……お前、息子に何を残したんだよ」




