第4話 苦縁
※本作はフィクションです。
作中に登場する「本懐法」その他の法律・制度・行政手続等は作者による創作であり、実在する法律・制度ではありません。
また、実在する人物・団体・事件等とは一切関係ありません。
父親としての昭典は、世間から見れば決していい父親ではなかった。
「動物園行きたい!」
そう言われて連れて行ったのは競馬場だった。
「動物いないじゃん!」
「馬がいるだろう!」
そう言い返された。
「ゲーセン行きたい!」
そう言われて連れて行ったのはパチンコ屋だった。
「ここじゃない!」
「うるせぇ!玉拾え!玉!」
台の下に落ちた玉を拾わせる。
店員に注意されれば、
「すみませんねぇ」
と頭を下げ、二人の手を引いて逃げる。
そんなこともしょっちゅうだった。
「対戦ゲームのあるとこ!」
今度こそと思って言えば、連れて行かれたのは雀荘だった。
「なんでだよ!」
「うるせぇ!対局中だ!黙れ!」
そんなことが日常茶飯だった。
傑と、その兄の航は、父親の昭典に振り回されて育った。
熱烈な野球ファンだった昭典の機嫌は、応援するチームの勝ち負けで決まった。
「バカ野郎!なんでここで打たれる!」
負ければ怒鳴る。
勝てば上機嫌。
単純なものだった。
そんな昭典だったが、子供たちのことになると妙に甘いところがあった。
「父ちゃん!」
「あ゛ぁ?」
「この前ね、テストで八十五点だった!」
「おお!やるじゃねぇか!」
そう言って乱暴に答案をふんだくると、昭典は二人の頭をガシガシと撫でた。
そのゴワゴワとしてゴツい手で撫でる仕草は、時に痛いと感じることもあった。
「あと十五点だけだな!もうちょっとのとこだ!天辺が見えてるぞ!」
テストの点数が悪くても、昭典は必ず何かしら褒めた。
ただし、その直後には、
「でもあのレース、絶対三番買わないといけなかったと思う」
などと競馬の話を始める。
「バカ野郎!それじゃ配当が小せぇ!」
そう言って肩パンが飛んでくる。
そんな父親だった。
航と父親の関係は、航の成長とともに悪化していった。
それなりに勉強のできた航は、国立大学に一発で合格すると家を出た。
奨学金をもらい、アルバイトをしながら勉強する日々に追われ、家に連絡することなど一ヶ月に一回も無かった。
父親のハチャメチャぶりを見て、反面教師にしたのかもしれない。
一方、傑は父親のことを尊敬していた。
確かにハチャメチャだった。
酒癖もいいとは言えない。
「何時まで起きてるつもりだ!」
夜更かしをした日には、酒を飲む昭典から朝まで説教を聞かされた。
眠くなれば怒鳴られ、姿勢が崩れれば怒られ、蹴られた。
理不尽に思うことなど、枚挙に暇がなかった。
それでも、傑は昭典が好きだった。
小学生の頃、傑が学校で問題を起こしたことがあった。
先生から呼び出しを受けた昭典は、学校に来るなり深々と頭を下げた。
「すみませんでした」
傑は、その後でゲンコツが飛んでくると思っていた。
だが、昭典はそれ以上何も言わなかった。
怒鳴りもしなかった。
その帰り道。
しばらく無言で歩いたあと、昭典が口を開いた。
「お前、悪いことしたのか?」
「……うん」
「じゃあ謝れ」
「……先生に?」
「違う。迷惑かけた奴にだ」
「……うん」
それだけだった。
家に帰ってからも、昭典は傑を殴らなかった。
「謝ってきたか?」
「謝った」
「なら終わりだ」
そう言って、テレビを見始めた。
そしてテレビに向かって不機嫌になった。
傑には、その背中が妙に大きく見えた。
父親は、何でも自分で決めて、何でも自分で片付ける。
少なくとも、子供だった傑にはそう見えていた。
だから傑は、父親を尊敬していた。
そんな父親の葬儀のために帰省していた兄に、傑は尋ねた。
「兄ちゃんは、本懐の申請するの?」
「しねぇよ」
「なんで?」
「なんでもクソも、あの親父じゃ、こうなっても仕方ねぇ」
航は、それだけ言って帰っていった。
「……なんでだよ。父ちゃんはすげぇのに……」
傑には、兄の言葉が理解できなかった。
父親がどれだけめちゃくちゃだったとしても。
酒を飲んで怒鳴ったとしても。
子供を競馬場やパチンコ屋に連れて行ったとしても。
それでも、自分にとっては父親だった。
その父親を殺した人間がいる。
そして、その被害者家族には法律によって、本懐を遂げることができる。
それなら──
傑は、判決が下るまでの間、剣持久良について調べた。
事件の内容。
裁判の経過。
判決。
そして、本懐法そのものについても調べた。
本懐を申請できるのは誰なのか。
何をすれば資格を得られるのか。
どのような場合に資格を失うのか。
一つずつ調べていった。
そして、条文にあることが書かれていないことに気がついた。
申請者に、年齢制限はない。
傑は、何度も読み返した。
やはり年齢制限の条文はない。
16歳。
自分にも、申請できる。
兄は申請しない。
母も申請しない。
それなら、自分がやるしかない。
そう思った。
そして傑は、本懐申請窓口へ向かった。




