第10話 外道 了
※本作はフィクションです。
作中に登場する「本懐法」その他の法律・制度・行政手続等は作者による創作であり、実在する法律・制度ではありません。
また、実在する人物・団体・事件等とは一切関係ありません。
「前のデモの動画、乱入者はいたけど、結構回ってるよ!」
充彦が、隣を歩く優にスマートフォンの画面を見せた。
「乱入者様々って感じ?」
優は画面を覗き込み、楽しそうに笑った。
「びっくりしたけど、アクセス上がるなら、アレは『あり』だね」
「サクラとか仕込んじゃう?」
「それもいいかもね」
二人は笑っていた。
どこかで撮影してきた帰りなのだろう。
大きなカメラを入れたバッグを肩から提げ、幹線道路沿いの歩道を駅へ向かって歩いている。
その少し後ろ。
一定の距離を保ちながら、一人の女が歩いていた。
本間茜音だった。
(……あいつら)
茜音は、二人から目を離さなかった。
数日前までなら、こんなことは考えもしなかった。
優の動画を見て、怒りに震えることはあっても、本人の居場所を探そうなどとは思わなかった。
だが、あの日。
警察に連れて行かれ、家に帰された後。
茜音は、それまで以上に優たちの動画を見漁った。
過去の動画。
デモの告知。
撮影した店。
何気なく映り込んだ駅。
窓の外の景色。
看板。
道路。
建物。
動画の隅に映った、ほんの数秒の風景。
一つ一つは、何の意味もない情報だった。
しかし何本も動画を見ているうちに、同じ場所が何度も映っていることに気づいた。
よく行く店。
よく使う駅。
撮影に使う場所。
そして、二人が頻繁に訪れている地域。
茜音は動画を切り取り、インターネットで画像を検索した。
映っている建物を探した。
店の名前を調べた。
駅を特定した。
最初は、ただ確認するだけだった。
次は、その場所へ行ってみた。
駅前を歩き、店を探した。
周辺の道を歩き回った。
一つ見つければ、次の場所を探した。
そうして少しずつ、二人の行動範囲が見えてきた。
偶然だった。
少なくとも、最初は。
そして茜音は、その行動範囲の中で二人を見つけた。
(……いた)
声はかけない。
近づきもしない。
ただ、一定の距離を保って後ろを歩く。
優は、まだ気づいていない。
充彦も、気づいていない。
二人は楽しそうに話しながら歩いている。
まるで、半年前に二人の人間が死んだことなど、本当に何もなかったかのように。
二人の会話が、少しずつ聞こえてくる。
「あの人、結局どうなったんだろうね」
充彦が、前を向いたまま言った。
「まあ、あんたを怪我させちゃったのは悪かったけどさぁ、動画的には、結果オーライだったよね」
優が笑う。
「結果オーライって言い方!良くないから!優さんのそういうとこ、ほんとダメ!」
「えー、だって再生数すごかったじゃん」
「それはそうだけど……」
二人は顔を見合わせ、ケタケタと笑った。
茜音は、その背中を見つめていた。
「あ、そういえばさ」
優が思い出したように口を開く。
「夏の時に死んだ人たち。あの人たちの事故があったから、今回の動画も結構伸びたんだよね」
「……それは本当にダメなやつ。不謹慎・オブ・ザ・イヤー」
充彦が優を笑顔で指さす。
「いやいや、そうは言ってもさ」
優は悪びれた様子もなく続けた。
「あれがあったから、今回のデモにも繋がったわけじゃん?」
「まあ……そうだけど」
「だからさ」
優は少し笑った。
「結果的には、ありがとうって感じ?」
二人はまた笑った。
茜音は、立ち止まっていた。
怒りは、もうなかった。
少なくとも、今まで感じていたような怒りではなかった。
胸の奥が、妙に冷たかった。
(……ありがとう?)
父の死に、この女は今、感謝した。
「ちょっと!」
茜音が叫んだ。
二人が振り返る。
「え?」
「ありがとうって、どういうことよ!?」
二人は驚いた表情をしている。
「優さん、逃げて!」
充彦が叫ぶと、2人が走り出した。
「待って!」
「優さん、こっち!」
充彦が優の腕を掴み、2人は歩道橋へと走っていく。
その後ろから、茜音が追ってくる。
「早く!」
二人が歩道橋の上へ出る。
しかし、振り返れば、茜音はすぐそこまで迫っていた。
「逃げて!」
充彦が優を押す。
充彦は階段の前に立ち、茜音の前に立ちはだかった。
「もうやめてください!」
「どいて!」
「嫌です!」
茜音が充彦の肩を掴む。
「優さんに近づかないで!」
「どいてよ!」
茜音が力任せに充彦を押した。
その瞬間だった。
充彦の身体が大きくよろめく。
「危ない!」
優が咄嗟に手を伸ばし、優自身も階段でバランスを崩した。
充彦は必死に優の身体を抱き寄せた。
二人の身体が、階段の上から崩れ落ちる。
「きゃああああ!」
優の悲鳴が響いた。
階段を転がり落ちていく二人。
充彦は最後まで優を離さなかった。
何度も身体を打ちつけながら、それでも優を庇うように抱きしめている。
そして。
二人の身体が、階段の下で止まった。
「……充彦?」
優が呟いた。
返事はない。
「充彦……?」
優の手が震える。
充彦の身体を揺する。
「ねえ……起きてよ……」
何度呼んでも、返事はなかった。
その階段の上で茜音は立ち尽くしていた。
自分が何をしたのか。
理解できない。
いや。
理解したくなかった。
「……違う」
茜音が呟く。
「違う……私は……」
遠くから、サイレンの音が近づいてくる。
誰が警察を呼んだのか?
通行人だろうか?
それはわからないが、警察官が歩道橋へ駆け上がってきた。
「動くな!」
茜音は逃げなかった。
その場に立ち尽くしたまま、ただ階段の下を見つめていた。
「……お父さん」
茜音の目から涙が落ちる。
「ごめんね……」
警察官に腕を掴まれる。
茜音は抵抗しなかった。
ただ、何度も同じ言葉を繰り返していた。
「お父さん……ごめんね……」
それだけだった。
警察が駆けつけ、茜音はその場で取り押さえられた。
何を聞かれても、茜音は同じ言葉を繰り返した。
「お父さん、ごめんね」
その日の事故で、充彦は死亡した。
優は重傷を負ったものの、一命を取り留めた。
そして数日後。
病室のベッドの上で、優の腕には点滴が繋がれ、額には包帯が巻かれていた。
ベッド脇にはスマートフォンが置かれている。
録画中だった。
優はカメラに向かって、ゆっくりと話し始めた。
「今回、私たちは本当に怖い思いをしました」
少し間を置く。
「本懐法という法律があることで、人が人を傷つけるようなことが起きています」
優は、自分の傷に触れるように手を動かした。
「だから私は、これからも本懐法に反対します」
カメラを見つめる。
「本懐法を、撤廃してください」
そして、笑顔を作った。
録画を停止する。
画面には、『動画を投稿しました』という文字が表示された。
優はスマートフォンをベッド脇に置いた。
しばらく天井を見つめる。
そして。
「……これ、結構伸びるかな?」
静かな病室に、その声だけが残った。




