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第1話 売道

※本作はフィクションです。

作中に登場する「本懐法」その他の法律・制度・行政手続等は作者による創作であり、実在する法律・制度ではありません。

また、実在する人物・団体・事件等とは一切関係ありません。



『裁判員裁判対象事件の被害者等による本懐に関する特例法』


略して本懐特例法、または『本懐法』。


〜本懐法 第1条〜

目的

この法律は、裁判員裁判対象事件の被害者及びその家族又はこれに準ずる者の精神的救済のため、当該事件について、本懐実行者による本懐の達成を認証する制度を設けることを目的とする。



被害者遺族の感情の救済を大義名分としてこの悪法が制定されてから、5年という歳月が流れていた。

社会の仕組みとして定着しつつある一方で、その法が齎す不条理な救済に、強い疑問と不信の声を投げかける人間は一定数存在していた。


「本懐法を撤廃しろーー!」

「「「撤廃しろーー!」」」

「人殺しの法律を、撤廃しろーー!」

「「「撤廃しろーー!」」」


真夏の猛烈な炎天下。

アスファルトの照り返しが陽炎となって揺れる、気温37度を超える極限の酷暑の中。

国会議事堂の前では、メガホンを手にした群衆による大規模な反対デモが繰り広げられていた。


「優さん、優さん!めちゃくちゃ人集まってるよ!」


熱気と怒号が渦巻く混沌とした空間で、背後から声を掛けられた楠本優は、手で顔を仰ぎながら振り返り、嬉しそうに声を上げた。


「ね!あたしが言った通りでしょ?バズるって言ったじゃん。アングル気をつけて、ちゃんと撮影しててよぉ?」


彼女の肩書きは、インフルエンサーだ。

市販の安価な化粧品を使ってメイク術を披露したり、少し着崩した私服姿で日常のルーティンを紹介したり、流行りの企画には何でも飛びついて再生数を稼いできた。

生まれ持った見た目の良さも相まって、SNSのフォロワー数は数万人を超え、コメント欄には若い男たちの欲望混じりの書き込みが常に溢れている。


「しっかし、マジですげぇ!これ、動画上げたら、過去最高の再生数いくんじゃねぇの?」


そう言ってカメラの画面を確認しながらはしゃぐのが、動画の撮影や編集などの裏方を手伝っている矢木充彦。


彼は優の古い友人ではあるが、優に対して女性としての魅力は微塵も感じていなかった。

優と充彦は、物心つく前からの幼馴染だ。恋人というよりは、出来の悪い姉と、それに振り回される弟のような関係性に近かった。


画面の向こうに映るきらびやかで完璧な姿とは裏腹に、私生活では私服を脱ぎ散らかし、部屋の掃除すらまともにやらないズボラでどうしようもない優の本性を、充彦は誰よりもよく知っている。

二人の絶対的な上下関係は、幼い頃に公園のジャングルジムの上から、充彦が優に容赦なく蹴り落とされて大泣きしたあの頃から、何一つ変わっていなかった。


「当たり前じゃない!あたしがSNSで呼び掛けたから、これだけ集まったんだよ!」


そう言って得意げに鼻を鳴らす優の目に、広い車道を挟んだ対岸の歩道が映った。

そこには、デモ隊を睨みつけるようにして『本懐法を守れ』『遺族に救済を』と書かれた横断幕を掲げる、本懐法賛成派の集団がいた。


「みんな必死だねぇ。まあ、あたしはこんな法律、賛成でも反対でもどっちでもいいんだけど」


動画のネタとして時折、政治的なメッセージを配信することはあったが、優本人は本懐法の是非など本心ではどうでもよかった。

彼女にとって必要なのは、大義名分ではなく、ただ一つ。


――爆発的な再生数だけだ。


「本懐投票の匿名性を確保しろ!」

「実名でのアプリ投票なんてあり得ない!プライバシーを守れ!」


優のすぐ後ろから、メガホンを通した耳障りな怒号が飛ぶ。


「人の命を左右する重大な決断を!ゲーム感覚で投票するつもりか!」


車道の対岸からも、顔を真っ赤にした賛成派の男たちから怒号が狂ったように返される。


「嫌だ嫌だ。みんな頭に血が上って熱くなっちゃってさ。コメント欄みたい」

「まあでも、これはこれで『映える』っていうか、絵面としては『あり』だねぇ」


他人の命が懸かった大論争の渦中で、軽口を叩き合いながら2人はハンディカメラでの撮影を続けていた。

どれだけ罵り合いが過激になろうが、自分たちにとって都合の悪い、イメージの落ちる場面は編集でカットしてしまえばいい。

そんな風に、すべてをスマートフォンの中のコンテンツとして簡単に考えていた。


ウーーー、ウーーー、と、突如としてデモ隊の後方から、遠くの救急車のサイレンの音が近づいてくるのが聞こえた。


「え?何、喧嘩でも始まったの?勘弁してよね!迷惑!」


近づくサイレンの音に気がついた優が、不快そうに口を尖らせて吐き捨てる。


だが、その日、国会前の炎天下で起きていた事態は、彼女たちの想像を絶するほどに、そんな簡単なものではなかった。

救急車に次々と運び込まれていく、意識を失ったデモの参加者たち。


死亡者2名。重傷者1名。軽傷者14名。


いずれも、37度を超える酷暑の中で、長時間の直射日光を浴び続けたことによる重度の熱中症だった。


彼女たちは動画のバズだけを目的に参加者を煽って集めながら、現地には水分も、日除けのテントも、救護班も何一つ用意していなかった。


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