第4話 怨願
※本作はフィクションです。
作中に登場する「本懐法」その他の法律・制度・行政手続等は作者による創作であり、実在する法律・制度ではありません。
また、実在する人物・団体・事件等とは一切関係ありません。
第一審の法廷。
証言台の前で、中山芳樹はただ、俯いたままの姿勢で微動だにせず、固まっていた。
その姿は、自分の犯した罪の重さを自覚し、粛々と裁判長の話を聞いているように、傍聴席にいる母親の沙知の目には思えた。
だが、法廷が芳樹に下した判決は、執行猶予なしの実刑長期という重いものだった。
違法薬物の使用、および飲酒運転。
前途ある若者の命を奪ったその行為は、あまりにも悪質であると司法に判断されたのだ。
「無理ですよ、お母さん。控訴したところで、多少は刑期が短くなるかもしれませんが、実刑判決そのものを覆すのは不可能です」
高い着手金を払って雇ったはずの弁護士は、面談室で何度も、何度も諦めたように同じセリフを繰り返すばかりだった。
「無能………」
沙知は激しい苛立ちのあまり、思わず目の前の男に向けて、小さくそう呟いてしまった。
「──!あなたね!言っていいことと、悪いことがあるでしょう!」
激昂した弁護士は席を蹴立てて部屋を出ていき、それ以降、沙知が何度裁判所で顔を合わせても、お互いに一言も口を利かなくなった。
醜いと言われようが、世間からどんな冷たい目を向けられようが、沙知は必死だった。
別の弁護士を立てて控訴もした。
だが、結果はほとんど変わらなかった。
二審の判決で、芳樹の刑期は、ほんの少しだけ、数ヶ月ほど短くなったに過ぎない。
控訴審において沙知たちが取った戦略は、亡くなった『隼人自身に対しての徹底的な責任追及』だった。
芳樹だけが、一方的に悪いわけじゃない。
あの一夜、実は隼人くんの側から「酒を飲んでドライブに行こう」と芳樹に持ちかけたのではないか。
確かに薬を持っていたのは芳樹かもしれないが、それを使おうと言い出したのは、本当は隼人くんのほうだったんじゃないのか。
死人に口なし。
罵られようが、我が子を刑務所に入れたくない、沙知は我が子を本懐法の標的にされたくなかった。
それでも、縮まった刑期はほんの僅か。
法律は芳樹を容赦なく監獄へと引きずり込んでいった。
「…………」
刑務所へ面会に来ても、芳樹はアクリル板の向こうで、ただ青白い顔をして俯いたまま、母親に対しても何も喋ろうとはしなかった。
「ご飯はちゃんと食べてる?」
「寒くなってきたけど、風邪は引いてない?」
沙知がどんなに声をかけても、芳樹の唇は頑なに結ばれたままで、一切の反応はない。
ただ、医療機器が心拍を刻んでいたあの病室の時のように、重苦しい沈黙だけが面会室を支配していた。
芳樹が刑務所に収監されたあと、沙知の毎日はそれまでとは完全に違っていた。
朝、野村家の前に赴いて「申請しないで」とドアを叩いて叫び、夕方は芳樹のいる刑務所へと車を走らせて面会する。
面会の制限で叶わなければ、刑務所の周辺で待機する。
それが、彼女の狂った日課になっていた。
それに対して、夫の雅明は、息子の面会には一年半の間で、わずか二度しか来ていない。
「仕事に支障が出るのは困るんだ」
雅明はそんな冷たい一言だけを自宅に残すと、来る日も来る日も、朝から晩まで仕事のことばかり。
確かに、今は忙しい時期なのだろう。
不動産屋として独立したばかりで、地盤を固めるために店の休みの日も関係なく、書類作成や物件の案内で仕事漬けの毎日を過ごしているのは知っていた。
「もっと、芳樹のこと考えてよ。」
リビングで、沙知が背中に向けてそう責め立てても、夫から返ってくるのはいつも、
「わかってる」
という、感情の籠もらない乾いた一言だけだった。
芳樹だけが、一方的に悪いんじゃないのに。
隼人くんだって同じように薬をやっていたのに、どうしてあの人は、あんな他人事のような態度でいられるのか。
「私が、芳樹を守らなくちゃ………」
沙知はそう呟いた。
彼女にとって、それはもうただの嘆願ではなかった。
野村夫妻のどちらかを外で見かけたときの、本懐の申請に行くのではないかという恐怖。
その行動は孤独な「見回り」だった。




