第2話 心願
※本作はフィクションです。
作中に登場する「本懐法」その他の法律・制度・行政手続等は作者による創作であり、実在する法律・制度ではありません。
また、実在する人物・団体・事件等とは一切関係ありません。
ゆっくりと目を覚ますと、そこはやけに白く、眩しいほどに明るい部屋だった。
視界が焦点を結ぶと同時に、全身を押し潰すような激痛が、一気に脳髄へと駆け巡る。
ッッ――!
体中が、痛い。
熱いようにも感じる。
骨という骨が軋み、肉が内側から焼け付くように痛む。
「い゛っ………!」
辛うじて声を発した瞬間、それまで静まり返っていた部屋の中の空気が、バタバタと慌ただしく動き出すのが気配で分かった。
「芳樹!芳樹!」
聞き慣れた、けれど酷く掠れた母さんの呼ぶ声が耳の奥に飛び込んでくる。
「芳樹……良かった……!」
(……俺は、死にかけてた?)
身体を巡る痛みの感覚によって、辛うじて自分の生存を実感したその瞬間、俺の脳裏に、唐突にある一人の男の顔が浮かび上がった。
隼人だ。
あいつはどこにいる。
あいつは………
「は、や……と……」
麻酔で痺れた喉を震わせ、やっとのことで絞り出したその言葉に、母さんが息を呑み、言葉を詰まらせたのが分かった。
誰も何も言わない。
まさか……。
ウソだろ……。
一瞬にして冷たい沈黙が支配した白い病室の中で、ピッ、ピッ、と人工的に心拍を刻む医療機器の電子音だけが、不気味に、規則正しく響き渡っていた。
その静寂が、何よりも残酷に隼人の死を物語っていた。
芳樹が覚えている、あの夜の最後の記憶――。
フロントガラスの向こうの景色は、アルコールと薬物のせいでグニャグニャに歪み、世界のすべてが笑っているように見えた。
「危険」というまともな感覚は爪の先ほどもなく、ただただ全能感に満ちて楽しかった。
助手席で暴れる隼人の笑い声は異様なほどに大きく、その歓声が世界を完全に支配しているようだった。
他には何も思い出せない。
その前の記憶は……?
痛む頭で、必死に記憶の糸を辿っていく。
あの夜、俺は隼人と一緒に酒を飲んでいた。
コンビニのレジ袋から取り出したストロング系の缶チューハイを、夜の公園のベンチで、競い合うように一気に煽った。
それから、以前に買った「あの錠剤」も一緒に二人で飲み干した。
あれは、道端で、いつも世話になっている街の『先輩』から、2人で小遣いを叩いて手に入れた違法なドラッグだった。
そこまで頭が追いついた瞬間、芳樹の背筋に、事故の激痛とは全く違う冷たい戦慄が走った。
(マズい………!)
視界の端に、明らかに知らない大人たちが数人、鋭い視線でベッドの上の自分を見つめて立ち尽くしている。
(警察か……?)
警察はマズい。
あの薬は本当にマズい。
焦りで心臓が狂ったように脈打ち始めるが、指先一つすら自分の意志では動かせない。
身体がまるで他人の肉体になったかのように硬直していた。
「芳樹、よく聞いてね」
すぐ横からかかった母さんの震える声が、今の芳樹の左耳から入り、そのまま右耳へと虚しく抜けていく。
内容が上手く脳にまで届かない。
「隼人くんね、亡くなったの………」
母さんはそう言って、顔を覆ってまた大声で泣き出した。
親友の死。
だが、麻痺した芳樹の頭の中を占拠したのは、悲しみではなかった
(警察……薬…………)
単語の羅列が、頭の中でぐちゃぐちゃに渦巻いていた。
(ああ、そうだ、飲酒運転もだ………)
(あの時、スピードは何キロ出てた?)
朧気な混濁した記憶を、必死に手繰り寄せて繋ぎ合わせていく。
夜の山道、迫る急カーブ、コントロールを失ったハンドル。
(ヤベェ………完全に終わった)
(捕まりたくねぇ………!)
冷たい手汗が滲み、これ以上現実に直面することに耐えかねたかのように、芳樹は逃げるようにして再び深い意識を手放した。




