第2話 渇望
※本作はフィクションです。
作中に登場する「本懐法」その他の法律・制度・行政手続等は作者による創作であり、実在する法律・制度ではありません。
また、実在する人物・団体・事件等とは一切関係ありません。
被害者家族は集団で裁判に臨み、検察側の求刑通り、被告人の川井基樹には【死刑】が言い渡された。
川井は弁護人の勧める控訴を頑なに拒否し、第一審の判決のまま、あっさりと死刑が確定した。
事件の残虐性を考えれば当然の結末だったが、遺族たちの怒りは、司法の下した冷たい主文だけでは到底収まるものではなかった。
『川井死刑囚は、大学の受験に失敗した後に引きこもりになり………』
『その後、派遣社員として転々としていましたが、正社員登用の試験に落ちたことで、社会への逆恨みを募らせ………』
テレビのニュースでは、連日のように川井の生い立ちや、事件に至るその経緯が報道されていた。
だが、そんな男の不遇の人生など、遺族にとっては知ったことではない。
どれだけ理由を並べ立てようが、奪われた子供たちの命は戻らないのだ。
社会のルールで死刑になるだけでは生ぬるい。
この手で直接、あいつに報いを受けさせなければ気が済まない。
「あいつは本懐対象者なんだよ!だったら、私たちの誰かが直接殺しに行かないと意味がないでしょう!」
ドリンクバーの機械が無機質な音を立てるファミレスの一角で、周囲の目を気にも留めず、激しい声を張り上げる一団がいた。
事件の被害者家族の会。
生き残った者たちの、剥き出しの「渇望」がぶつかり合う場だった。
「落ち着け、美和子。それをどうするか、今ここで話し合っているだろう」
「一向に決まらないから言ってるのよ!あいつが死刑を執行される前に、私たちが申請を出さなきゃ、本懐法の意味がないじゃない!」
「大崎さん、ちょっと落ち着いてください」
「なによ! あんたのところの子供は軽傷だったじゃない!かすり傷で済んだくせに、なんでここにいるのよ!引っ込んでなさいよ!」
美和子の度を越した怒声に、見かねた若い男性店員が、おそるおそるテーブルに近づいてきた。
「……あの、お客様。恐れ入りますが、他のお客様のご迷惑になりますので、もう少しお静かにお願いできますでしょうか?」
「チッ……黙りなさいよ!こっちはね、息子を殺されてるのよ!あんたに………あんたにこの気持ちがわかるっていうの!?」
大崎美和子は椅子を蹴立てて立ち上がると、怯える店員の胸ぐらを乱暴につかんで激しく揺さぶった。
他の席の客はスマホを向けて動画を撮影し、面白がっているように見えた。
「やめろ、美和子!」
夫の俊彦が慌てて割って入り、妻の手を店員から引き剥がした。
バンッ!!
その時、向かいに座っていた若槻歩が、両手で激しくテーブルを叩いた。
グラスの水が大きく揺れてこぼれる。
若槻は険しい表情のまま、大きな音を立てて立ち上がった。
「今日はここまでだ。やめにしよう。こんな状態じゃ、まともな話し合いにならない」
「あんたたちが、いつまでもグズグズして何も決めようとしないからでしょう!?」
美和子は今度は、自分を遮った若槻に向けて、噛み付くようにくってかかった。
「いい加減にしろ、美和子!………若槻さんの言う通りだ。今日はここまでにしよう」
俊彦が美和子の肩を強く抱きすくめ、依然として「離しなさいよ!」と暴れ、騒ぎ続ける妻を半ば引きずるようにして店の外へと連れ出していった。
嵐が去ったあとのようなテーブルに、重苦しい沈黙がドロりと影を落とす。
「大崎さんの奥さんの言うことも、わからなくはないな」
しばらくして、静寂を破るようにぽつりと言葉を切り出したのは、端の席に座っていた初老の男性だった。
津山隆行。
彼もまた、この事件で最愛の家族を奪われた一人だ。
「うちはね、遅くにやっとできた、たった一人の娘を亡くしたんだ。だから、あの狂ってしまいそうな気持ちは、痛いほどによく分かるんだよ」
津山は、震える手で冷め切ったコーヒーカップを包み込みながら、周りを見渡して静かに話し出した。
「今ここにいるのは、誰を『本懐実行者』にするか、それを決めるためだろう?本懐法の規定では、一度執行された本懐は、同じ事件では二度と申請できない。だから、みんなここに集まっているんだろう?」
誰もが言葉を失い、視線を落とした。
「だからね、俺も大崎さんの気持ち、わからなくもないんだよ。……ただね」
津山は力なく首を振り、乾いた声で呟いた。
「もう、誰でもいいんだ。……とにかく、誰であれ、あの川井を、一刻も早く殺すしかないんだ」
その搾り出すような一言に、テーブルに残された遺族たちは、ただ黙って拳を強く握りしめることしかできなかった。




